本:多くを教えてくれる

文豪が薦める“不道徳”な生き方とは

「不道徳教育講座」

三島由紀夫



 本書は、昭和33年(1958年)『週刊明星』に連載したエッセイをまとめたものである。
このエッセイについて三島由紀夫は「私が流行の道徳教育をもじって、『不道徳教育講座』を開講するのも、西鶴のためしにならったからである。そう、この本は、逆説的に、これ以上はないだろうなというくらい不道徳的な事を勧めて、人生どう生きるべきかを教えてくれているのです。しかも、これに書いてある事は今の時代でも、十分、通用するように思えます。」と述べている。
1959年には本書を元にした映画も製作されており、冒頭部分とラストに三島由紀夫本人が登場するという演出になっている。
 目次には『教師を内心バカにすべし』『大いにウソをつくべし』『人に迷惑をかけて死ぬべし』『友人を裏切るべし』『弱いものをいじめるべし』『「殺っちゃえ」と叫ぶべし』『人の不幸を喜ぶべし』『告白することなかれ』といった刺激的なタイトルが並んでいる。
しかし、既存の道徳・常識と思われている事柄と相反するタイトルでありながら、読んでみると(なるほど、そういう考え方もあるのか)と納得させられる内容で、三島ならではの華麗な言葉のマジックに感心させられる。
 中でも『人のふり見てわがふり直すな』では、少年犯罪の醸成に映画やテレビが大いに影響しているとPTAや文部省は騒いでいるが、悪や殺人に興味を持つのは、抑えようのない人間の本性であると、現代でも充分通用する論理を展開している。
いくら映画やテレビに影響されても、大多数は常識的な大人になるということを世の中の大人たちは忘れている。お伽噺にだって悪者は出てくるし、悪のないドラマというものはこの世にない。いくら映画やテレビから、子供のために悪を放逐しようとしたって、子供は“清純な家庭劇”だけで満足する筈がない。いっそ、映画やテレビで悪者に親しませておけば、成長してから社会の悪に驚くことが少なくなり、悪に対して免疫が出来る。そして月光仮面の正義感みたいなものがいかに無力であるかを早く知ることが出来る。そのためにも、悪者が必ず勝つような映画やテレビをもっと沢山子供に見せるべきだ。そして子供たちに、悪に対する身の処し方を自分で研究させるべきだ。子供は、自分が責任を免れて、みんな大人の道徳観にたよっていられると思ったが最後、突如として、人殺しさえやりかねない。これは子供も青年も同じことなのだ、と。
 また、『言葉の毒について』では、人の噂話がどんなニュースよりも早い伝播力と強い影響力を持つのは、それらが“言葉”そのものだからだ、と述べている。流言飛語というものは、事実の側に立つよりも、心の中の希望や不安の側に立っていることが多く、そういう希望や不安にうまく訴えるように出来ている。これが言葉というものの持つ幽霊的な力の代表的なあらわれである。「これが事実ですよ」と自分で宣伝している言葉は、はじめから人の感興をそぐのだ。ここに言葉の生き物じみた力がある。告げ口に使われる言葉、毒をたっぷり含んだ言葉、何ら証拠もなく根拠もない言葉…そういう言葉こそ、われわれの見たくないわれわれの実相を、残酷に示してくれるのだ、と。小説家ならではの鋭い切り口で言葉について考察した文章には大いに納得させられる。
 他にも『馬鹿は死ななきゃ…』の中では、いろんなバカの種類を挙げている。バカという病気の厄介なところは、人間の知能と関係があるようでありながら、一概にそうともいいきれぬ点であると書いた上で、「秀才バカ」「謙遜バカ」「ヒューマニスト・バカ」「自慢バカ」「三枚目バカ」「薬バカ」と、ほとんどの人がドキッとしそうな例を挙げている。バカ病の中で最も難病なのは「秀才バカ」であるらしい。なぜなら、バカの一徳は可愛らしさにあるのに、秀才バカには可愛らしさというものがない、と断言している。利口であろうとするのも人生のワナ、バカであろうとすることも人生のワナ。そもそも人間が“何かであろう”とすることなど、本当は出来るものではないのだ、と。
学校では決して教えてくれない世の中の理不尽さを、このエッセイは包み隠さず書いており、生真面目に生きることが良い意味でバカらしくなる。
世間一般の道徳論だけでは、結局、自分で自分を苦しめてしまうこともある。しかし、それが人間とし自然であり、不純物も含まれているのが人間の本当の姿なのだ。肩の力を抜いて、人間の本質を悟り、許容し、自分なりの道徳観で生きて行くのが一番なのだと勇気づけてくれているような気がする。
三島由紀夫は不道徳をすすめることによって、いろんなことを重く捉えるだけでなく、軽く生きることの自由さ、人間らしさを教えようとしていたのかもしれない。
 全69章からなる本書は、1つ1つの章が短いので読みやすく、空き時間にパラパラと読むことが出来る。三島由紀夫らしい文章の巧さや、視点の斬新さを楽しみながら、自分の言動が正しいかどうか振り返る良い機会も与えてくれるので、いつも身近に置いておきたい1冊だ。


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