本:多くを教えてくれる

ファッションにこだわる義経とメンヘラ弁慶が織りなす軍記物語

「ギケイキ 千年の流転」

町田康



 町田康(まちだこう)は1962年大阪府生まれ。
1981年にパンクバンドINUのボーカリスト・町田町蔵としてアルバム「メシ喰うな!」をリリース。当時19歳の彼は、その音楽性が高く評価されたものの商業的な大成功を収めることなく、その後も数々のバンドで活動を続ける一方、映画出演や詩集の刊行など多方面で活躍。そして1996年に処女小説「くっすん大黒」で小説家デビュー。2000年には短編小説「きれぎれ」で芥川賞を受賞したほか、現在に至るまで多数の作品を発表している。
河出書房から発刊されている池澤夏樹=個人編集<日本文学全集>の第08巻「日本霊異記 今昔物語 宇治拾遺物語 発心集」では宇治拾遺物語のぶっ飛んだ現代語訳が話題になり、この巻だけが異様な売上げを記録するという現象も巻き起こした。
 そんな町田康のデビュー20周年記念として発売されたのが「ギケイキ 千年の流転」だ。ギケイキとは、すなわち「義経記」のことで源義経の幼少期・牛若丸の時代から盟友・武蔵坊弁慶との出会い、源平合戦で武勲を立てたにもかかわらず兄の頼朝に迫害された義経の悲運を描く軍記物語だ。それが町田康独特の擬音語とパンクな現代口語調で描かれているのだから面白くないはずがない。ちなみに帯のキャッチは“平家、マジでいってこます”。
物語の語り手は源義経(の魂)。義経は現在に存在しており、義経本人が過去を語るというスタイルで、その語りがとにかく笑える。まず、スピードとファッションに異様にこだわる義経と、メンヘラ気味でガラスのハートの弁慶という設定からして斬新すぎる。
『いまこんな恰好で歩いていたら、ロケですか?って聞かれるに違いないが、当時はこれがnew lookだった。このキャラに似合ったfashion,fashionなのだった。お化粧をしているうちにさっき感じていた意味のわからない悲哀のような感情が自分のなかで高まって、私は横笛を取り出して吹いた』
『驚愕した。なぜかというと吉次は高額商品を載せた馬を二十も引いており、また、本人も、いい感じの、ところどころにサイケな花模様を散らした、柿渋のカムフラージュ直垂に、最上級の鹿皮で拵えた、行縢(むかばき)といって、騎馬の際に腰から下を覆う、一種のオーバーウェアを穿き、行縢と色彩が絶妙に調和する黒みを帯びた栗色の馬に、それらと素材感がマッチする、前後のエッジのところを角で縁取ってある鞍を置いて、こんなものはなんでもない、というような、さりげない感じでまたがっていて、アホみたいにゴージャスで、アホみたいに目立っていたから。』
『館山市内から当時、真野といったあたりを通り、小湊というところで川を渉って、また、部下がネガティヴなことを言い出しそうな雰囲気だったので、那古観音にお参りしたが、あまり効き目がなく、案の定、「もう駄目だ」とか、「最近、亜鉛が不足気味だ」とか「歩きづめで膝が痛い。皇潤を飲みたい」などと言い出したので、慌てて近所に明神がないかと探したら…』なんていう文章が次々と繰り出されて、軍記物語を読んでいるのに大笑いしてしまう。
『断られたらどうします』『滅ぼしゃいいんじゃね?』『殺そうかな』と気軽に言いつつ本当に殺してしまったり、『…とか言っちゃってるんですよねー』『マジですかー』で戦がはじまったりもする。
 しかし、ふざけて書いているようで人物描写はしっかりとしているし、押さえるべきところはちゃんと押さえているので、読んでいて勉強になる。特に武蔵坊弁慶の出生の事情などは細部まで綿密に描かれていて、今までの弁慶像よりも人間臭く好感が持てる。
現代の軍記物に登場する人物たちは美化され、お行儀よくまとまっている感じがするが、当時の武士社会には現代のような倫理観はなく、かなり無法地帯だったという話を読んだことがあるので、武士や僧侶というのは案外こんな感じだったのかもしれないという気もしてくる。何より現代の言葉で会話する登場人物たちは生き生きとしていて身近に感じられる。室町時代のリアルと平成のリアルが絶妙にリンクしているのだ。本家の「義経記」をきっちり読み込んで、その時代背景や当時の文化・風習まで自分の中で消化できていないと、こんな風にアレンジするのは不可能だろう。
 動乱の時代を生き、最期は奥州平泉で自害したとされている義経は『あの頃、私たちに「日常」なんてなかったのだ。暴力。そして謀略。これをバランスよく用いなければ政治的に殺された。だからみんな死んだんだよ。私も死んだんだよ。』と語る。そして、現代は『いろんなマイルドなもので偽装されてよくわかんなくなってるけど私から見ればそれはいまも変わらない。っていうか、偽装されてわかんない分、いまの方がやばいかも知れない』『知らない間に精神的に殺されてゾンビみたいになってる。奴隷にされているのに気がつかないで自分は勝ち組だと思っている』という痛烈な皮肉には町田康のパンク魂も感じられる。
 解説にも書いていたが『町田康には古典の絶対音感がある』という言葉に大いに納得させられる。読み終わる頃には義経の語り口調とスピードが乗り移って少し困ったことになる。そのぐらいクセになる文体だ。
この「ギケイキ」は全4巻、2020年に完了する予定らしい。第1巻の本書は、打倒平家を誓って挙兵した兄・頼朝に従おうと追いかけるところで終わっている。頼朝はどういうキャラで登場するのか、弁慶の最後はどう描かれるのか、義経の人生をどう締めくくるのか、今後の展開が非常に楽しみである。

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