本:多くを教えてくれる
生きることの苦難と再生の物語

「ホテル・ニューハンプシャー」 ジョン・アーヴィング
(1942〜)






「ホテル・ニューハンプシャー」は、ホテル経営を夢見る父と、そんな夫を許すことを誓った母メアリー、ホモの長男フランク、美しくてしっかり者の長女フラニー、実の姉に恋焦がれる次男のジョン、小人症の次女ベリー、難聴の三男エッグ、そして祖父のアイオワ・ボブに犬のソロー、熊のアール(ステイト・オ・メイン)という個性的なベリー家の面々と、その周りに出没するエキセントリックな登場人物で構成された長編小説。
物語は次男のジョンが40歳の時に語っているという設定で、最初に開業したホテルから、ウィーンに移住して開業した第二次ホテル・ニューハンプシャー、そして最終ホテル・ニューハンプシャーまで、様々な事件を織り込みながら続いていく。
1393年の夏。ベリー家の父親であるウィン・ベリーは、アルバイト先である海辺のホテルでメアリーと恋に落ちる。2人は熊の調教師であるユダヤ人のフロイトと出会い、彼から一頭の熊とオートバイを買い、そして結婚した。戦争のせいでホテルがつぶれたので父は教師として働き、5人の子供にも恵まれ幸せな家庭生活を送っていた。しかし、彼には家族でホテルを経営したいという夢があった。それを実現するために家族を説得し、教師を辞めてホテル経営に踏み出した。
家族の協力もあって、ホテル経営も次第に軌道に乗り始める。長男のフランクは、鈍くさいせいでクラスメイトからいじめの対象になっていたが、フラニーとジョンがことあるごとに助けていた。明るくて美人のフラニーは人気者で、彼女を狙っている男子生徒は大勢いた。その中に、フランクをいじめているグループのリーダーもいた。
ハロウィンの夜、フラニーとジョンはホテル中の電気を一斉に点けるというイタズラを思いつく。しかし、たまたまパトロール中だったパトカーがその眩しさのせいでホテルに激突し、大惨事に。ホテルは停電になり、慌てたフラニーとジョンは、通報しようとするために暗い小道を走った。しかし、運悪くいじめグループに出くわしてしまう。彼らはフラニーをレイプする。このグループの中の黒人の青年(フラニーの恋人となり後に結婚する)の機転で彼女は何とか救われたが、フラニーと家族は大きなショックを受ける。
この事件以後、フラニーは恋人や家族によって少しずつ癒されていく。そんなある日、家族の一員ともいうべき犬のソローが死んでしまい、家族は悲しみに暮れる。特に祖父の悲しみは大きく、祖父を慰めるためフランクがソローの剥製を作った。それをクリスマスプレゼントに渡そうとしたが、死んだはずの犬がクローゼットから現れたことに驚いた祖父がそのショックで心臓麻痺を起こし、死んでしまう。
父は心機一転、ウィーンに渡ることを決断する。
早速、二手に分かれてウィーンに行くことになったが、ここでも不幸が彼らを襲う。後から行った妻と、末っ子のエッグが飛行機事故で死んでしまうのだ。思わぬ事故に大きなショックを受けた家族だったが、二人のためにも新天地で頑張る決意をする。
ウィーンでは、心の傷を隠すために人前では熊のぬいぐるみを着ているスージーと出会い、ホテル経営に力を尽くす。しかし、テロリストと売春婦がホテルを占拠していたためホテルの評判は悪く、泊まる客も少なかった。家族の協力と努力で少しずつ問題が解決され、平穏な日々が戻って来た一家だったが、テロリストたちの計画するオペラ座爆破未遂事件に巻き込まれてフロイトが死亡、ホテルは爆破された上に父親は視力を失ってしまう。
しかし結果的に、オペラ座を爆破から守りテロリストを逮捕したことで、勲章を受ける。
これをきっかけに、家族は再びアメリカへ戻る。そこで末娘のリリーが書いた自叙伝がベストセラーになり、フランクがマネージャー、フラニーがその作品で女優としてデビューする。家族は豪華なホテル暮らしをしていたが、父親は夢であったホテル経営を再度始める。しかしそんな中、作品に行き詰まったリリーが窓から飛び降り自殺をしてしまう。
これでもかこれでもかと家族を襲う悲劇。しかし、それでも人生は続いて行く。彼らは様々なものに振り回されながらも、家族の深い絆のもとに生きていく。「ホテル・ニューハンプシャー」と共に。
“人生はおとぎ話だ”と作者本人が言うように、本作も荒唐無稽で、面白くて、残酷なおとぎ話のようである。ベリー家には事件や事故が次々と起こり、それぞれが超えなければならない問題を抱えている。しかし、彼らに悲壮感は感じられない。悲しみを受け止めながらも前向きな彼らを、作者の暖かいユーモアが包み込んでいる。
作者のジョン・アーヴィングは “19世紀的な物語の復権”を目指した作家と言われ、主人公たちの展開する波乱万丈なストーリーが特徴である。小説は次々に映画化(「ガープの世界」「ホテル・ニューハンプシャー」「サイモン・バーチ」「サイダーハウス・ルール」※サイダーハウス・ルールではアーヴィング本人が脚本を書き、さらに駅員として出演している)されて話題となり、現在ではアメリカ文学を代表する作家と呼ばれている。
アーヴィングにしては珍しい短編集「ピギー・スニードを救う話」のタイトル作「ピギー…」には、アーヴィングが作家になった動機が書かれており、最後の敬愛するディケンズについてのエッセイ「小説の王様」ではアーヴィングの小説観を垣間見ることが出来て面白い。ディケンズは、古臭いとか大仰だと言われて近年は敬遠されがちだが、彼の小説作りこそ王道であるとアーヴィングは説いている。もちろん、ディケンズを褒めるだけでなく、小説の書き方を論じながら、小説家としての在り方も説いていて、アーヴィングを理解する上で貴重な一冊と言える。
アーヴィングの作品に登場する人物たちはみんな魅力的で、ストーリー展開も語り口も非常に巧い。長い小説なのにぐいぐい引き込まれて一気に読んでしまうのは、彼が文章の細部まで丁寧に描いているからだろう。
そして、アーヴィングの特徴とも言える決まり文句のリフレイン。
「開いた窓の前では立ち止まるな」
何らかの問題を抱えて思い詰めた時、ふと覗き込んでしまう窓がある。窓の向こう側に行けば、とりあえず今この苦しみからは解放される。窓のこちら側では、今日も苦しい一日が繰り返される。しかし、こちらの世界では回復と再生もまた繰り返されるのだ。だから、開いた窓の前はさっさと通り過ぎる方がいい。
犬の“ソロー(悲しみ)”もまた悲劇を象徴するものとして頻繁に登場する。
「悲しみは漂う。愛もまたしかり、そして長い目で見れば、悲運もそうだ。それも沈むことなく漂う。」
人はみな何かしらの傷を抱え、時の流れに身を任せるしかない。しかし、傷を抱えているのは自分ひとりではないのだ。全ての人が傷つき、そして再生を繰り返しながら生きている。それが人生であり世界なのだ。
また、作品中に登場する“熊”も象徴的な存在である。
“熊”とは、愛すべき家族であり、夢であり、みんなが共有できる暖かい場所だ。
「しかし、わしらには、熊が必要なんだ。誰でもそうだ」「夢を見続け、そしてぼくたちの夢はそれをありありと想像できるのと 同じくらい鮮やかに目の前から消え去る。好むと好まざるとによらず、それが現実に起こることである。そしてそれが起こるから、ぼくたちには、利口な熊が必要なのだ。」
物語の中で何度も繰り返される、「あらゆるものがおとぎ話なのだ」という言葉通り、人生は残酷で、滑稽で、そしてシンプルだ。大切な人の死や、傷ついた心や、悲しみは沈まずに漂い続ける。それでも、生きることが大切なのだ。
この本の要所要所で語られている言葉は、そのまま自分自身の教訓として今もずっと生きている。
ジョン・アーヴィングの作品には長編が多いが、そのおかげで小説を読む醍醐味というものを満喫できる。彼のように、小説には素晴らしい力があることをしみじみ感じさせてくれる作家はそういないだろう。もうすぐ70歳を迎えるこの偉大な作家の行きつく先はどこなのか…そう考えずにはいられない。


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