本:多くを教えてくれる

厭な短編ばかりを集めたアンソロジー

「 もっと厭な物語」    夏目漱石、他



 “イヤミス”という言葉をご存じだろうか。イヤミスとは、イヤな汗がたっぷり出るミステリー小説のことで、人間の深層に潜むドス黒い心理を微細に描き出し、読者をイヤ~な気分にさせるのが特徴である。
イヤ~な気分になると分かっているのに読まずにはいられない…そんなイヤミス小説が、数年前から盛り上がりを見せている。
「もっと厭な物語」が編纂されたのは、このイヤミスという言葉をコアなミステリー読者だけが使っているのではなく、もっと幅広い読者の心を惹きつけるものであるらしい。そういう読後感を求めている読者は、自分が想像していたよりもずっとたくさんいる―そう思ったからだという。
事実、人は恐いものが好きだ。お化け屋敷や心霊番組、ホラー映画など、なぜか人はキャアキャア言いながら、それを楽しむ。脳神経科学的に見ると、恐怖と快感は密接に絡み合っていて、恐怖という刺激を脳は楽しんでいるらしい。

本作の収録作品は
夏目漱石 『夢十夜』 より 第三夜」
エドワード・ケアリー 「私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書」
氷川瓏 「乳母車」
シャーロット・パーキンズ・ギルマン 「黄色い壁紙」
アルフレッド・ノイズ 「深夜急行」
スタンリイ・エリン 「ロバート」
草野唯雄 「皮を剥ぐ」
クライヴ・バーカー 「恐怖の探究」
小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
ルイス・バジェット 「著者謹呈」
そして、編者の解説のあとに最後の一編が用意されている。それぞれの作品が気に入った人のためのブックガイドもある。

前回の「厭な物語」は海外作品のみだったが、今回は日本の作家の短編も4編収録されている。そして今回はクライヴ・バーカーの短編も収録されているという事で早速読んでみた。ちなみにクライヴ・バーカーは、「ヘル・レイザー」をはじめとする映画監督としても有名な人物である。
“人間の心に秘められている狂気や冷酷さ、ほんのささいな出来事がきっかけで起こる悲劇など、読後に厭な後味を残す名作短篇ばかりを集めたアンソロジーの第二弾。”という謳い文句の通り、まさに“読後感、極悪”(帯より)。
しかし、バッドエンドだと分かっているのに、どんな厭な終わり方をするのだろうという期待が膨らみどんどん読み進めてしまう。人間とは不思議な生き物で、ハッピーエンドの幸せな物語より、後味の悪い物語の方がずっと記憶に残っていたりする。
これは、厭な物語の世界に入り込み疑似恐怖を味わうことで、ふだん抑圧されている感情が解放されるという一種のカタルシスなのだろう。もちろん厭な物語と一口に言っても、多種多様の厭さがある。自分がどういった話が好きなのか、本書を読む事で自分の嗜好を知る事もできるだろう。もちろん、ただ単に厭な話で終わらせない作家の力量があるからこその面白さなのだが。私は古き良き日本の湿気を含んだ陰鬱な物語が最高に好きである。
印象に残ったものを簡単に抜粋すると、

『夢十夜』より 第三夜(夏目漱石)
「こんな夢を見た」で始まる短編を集めた『夢十夜』の中でも、怪談要素の強い第三夜。六つになる眼の潰れた我が子を背負って雨の夜道を歩く語り手。どこかへ捨ててやろうと思っていると、子が大人びた声で言う。「丁度こんな晩だったな」。最後まで不安を盛り上げていく文章力はさすが。

『乳母車』(氷川瓏)
夜道で出逢った女性が押している乳母車。眠っているのか、物音を立てない赤ん坊。「私はふと乳母車の中でよく眠っているらしい子供の寝顔が見たくなった」そのとき夜空が晴れ、月の光が差し込む。青く照らしだされた乳母車の中には…。だいたいオチの予想はつくが、雰囲気の盛り上げ方が上手く、映像が脳裏に浮かぶような一遍。

『皮を剥ぐ』(草野唯雄)
生きたまま犬の皮を剥ぐという残酷な物語。「生き物の祟りがあるとかねえとか口先だけで議論し合っていても決着はつかねえ。そこでおれがあの犬をぶっ殺してみて、そんなものはねえってことを証明してやろうじゃねえか」と言ってわざと犬を殺してみせる男。ラストで意外な事実が判明し、さらに気持ちが悪くなるという仕掛けで、後味の悪さは秀逸。

『赤い蝋燭と人魚』(小川未明)
人間の優しさと善意を信じ、子供を託した人魚。最初は人魚の娘を大切に育てる老夫婦だったが、金のために心が荒んでゆき…。あまりにも有名な童話。子供の頃読んで衝撃を受けたのを思い出した。

『恐怖の探究』(クライヴ・バーカー)
猟奇犯罪をテーマとした短篇。他人を拉致監禁し、心の奥底に隠している恐怖を引き出す実験を繰り返す男。危険だと分かっているのに、引き寄せられるように集まる犠牲者たち。クライヴ・バーカーにしては残酷描写が控えめだが、クライマックスの描写はバーカーならでは。

感動したり、元気になれる物語もいい。しかし、時には鬱々とした暗~い世界にどっぷりと浸りたい。日常からかけ離れた世界を堪能したい。そんな気分の時にオススメの1冊。
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