本:多くを教えてくれる

愛の実体はラッキョウ?

「女性に関する十二章」

    伊藤整



 詩・小説・翻訳・評論と多岐に亘って活躍し、「チャタレー裁判」でも有名な伊藤整(いとうせい)が12のテーマについて持論を展開したエッセイ集。昭和28年、「婦人公論」に連載されたものを翌年「女性に関する十二章」として一冊にまとめたところ大ベストセラーとなった。
戦後の女性たちは、憲法上男女平等になったこともあり、戦前とは違う恋愛観、結婚観を持ち始めた。伊藤は、そんな時代の女性たちを客観的に見つめ、独自の考えを主張している。
ちなみに、市川崑監督の同名映画「女性に関する十二章」(1954)には本人もナレーション・端役で出演している。
 章立ては、「第一章 結婚と幸福」「第二章 女性の姿形」「第三章 哀れなる男性」「第四章 妻は世間の代表者」「第五章 五十歩と百歩」「第六章 愛とは何か」「第七章 正義と愛情」「第八章 苦悩について」「第九章 情緒について」「第十章 生命の意識」「第十一章 家庭とは何か」「第十二章 この世は生きるに値するか」となっており、全体的に“男女平等には賛成だが、男と女は本質的に違うことも認めた方がいい”という主張が貫かれている。
伊藤は“愛の実体を追求しすぎることは、ラッキョウの皮をむくようなもので、ムキすぎると無くなってしまいます”と述べ、“人は愛によって結婚すべきだという近代的な結婚観が、明治以来わが国にひろめられてから、ほとんど総ての人妻は、絶望感に襲われながら生活し、悲しみながら死んでいったように思われます”と書いている。
 また、人は長年の流行病である「結婚病」に一度はかかってしまい、結婚しなければならない、そうしないと気が落ち着かない、という心理状態になるとも述べている。
このエッセイが書かれた約60年前も、価値観が多様化し物質的・経済的に恵まれた現代も、女性が抱えている問題は根本的に変わっていないんだなぁと驚かされる。
“幸せな結婚=女性の幸せ”という固定観念は今も根深く残っていて、今もなお多くの女性がこの「結婚病」に悩まされているのではないだろうか。
そして、結婚後は相手に失望し、自分の人生こんなハズじゃなかった、もっといい結婚相手がいたかもしれない…と負のスパイラルに陥ってしまう。
実は、この“愛というものはラッキョウの皮を…”には続きがあり、“愛というものは、それを分析したりヒンムいたりしないで、栄養を与え、暖かい土の中に埋め、水分と日光とをやって育てるべきものであります。そうすると、初めは何の実体もないと思っていたものが、芽を吹き出し、花を咲かせ、実を結ぶでしょう”と続いている。既婚女性は(もちろん男性も)この言葉をじっくり噛み締めるべきだろう。
 連載当時、「女性に関する十二章」は大きな反響を呼んだという。
伊藤は読者からの批判に対し、男性からの視点をもってこう答えている。
“ただ私の気にしたことは、自分だけが正しく生き、正しいことをしてゐれば、男性は自分を愛し、いたはってくれる、と一人で思ひ込むための不幸になる女の人が相当にゐるのではないか、といふことでした。さういふ、正しいが故に不幸になりがちな人に対して、多少の弾力性のある考へ方、男性は案外淋しがりやで、妻や愛人にもっと構ってもらひたがってゐるものだ、といふことを理解してもらはうとしたの、が、私にあのやうな文章を書かせたのだった、と私は今思ひ出します。”
伊藤が少し毒気を効かせながらも優しく語る内容は、現代でも十分説得力がある教えに満ちている。
 また、社会生活というものは、二個の人間の我慾がぶつかったときに、それを両方とも生かして、適当に調和させるべきだとも述べている。我慾を持った人間がそれを主張し、他人も主張する。そして、その間で折り合いをつけることが大切だと。しかし、このような論理的調和に慣れていない日本人が陥りがちな二つの危険な考え方を紹介している。
一つは、自分が他人を完全に支配し、他人を奴隷にしてしまうというもの。もう一つは、自分さえ犠牲になればいい、自分を全く棄て誰かのために死んで行くというもの。そして、そのどちらでもないものを妥協だ、中途半端だと言って軽蔑する。そういう社会状態があまり長く続いた結果、人と人との合理的な組み合わせを作ることは不可能だと考えるようになったのだと。
確かに、他人と衝突することを嫌う日本人は多い。しかし、その結果あまりにも他人に無関心な社会になってしまってはいないだろうか。本来、世の中は不条理と不合理に満ち溢れている。それなら、世の中そういうものだ!と考え方を切り替えて、タフになる。そういった柔軟さ、したたかさも必要なのかもしれない。
 伊藤は“理性的に生きることと、本能的に生きたりすることの、両方ともやれるように自分を作ることです。その時によって、この二つのうちのどちらかを生かして使える人もまた、生活の熟達者であり、人間らしさを保っていける人のように思われます”とも書いている。
全ての人間関係において自分の正当性だけを主張するのではなく、硬軟両面を併せ持ち、それを使い分けることができる人間が真に豊かな人生を送れるということだろう。
人間関係や恋愛、家庭でしんどい思いをしている時、少し楽になる考え方を示してくれる本書は、 既婚・未婚を問わず全ての男女に読んで欲しい1冊である。
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