本:多くを教えてくれる

心の闇と社会の闇を描いたサイコサスペンス

「連続殺人鬼 カエル男」

   中山 七里 



 B級感あふれる表紙のイラストとタイトルに魅かれて手に取った1冊だが、内容は非常にダークなサイコサスペンスだった。グロい描写や暴力シーンが苦手という人にはオススメできないが、全編通して淡々と描かれているためか、私はあまり気にならずに読むことができた。
物語は、主人公で語り手でもある古手川刑事の視点で進み、その合間に犯人の視点が挟まれるという構成になっている。
 舞台は埼玉県の飯能市。マンションの13階からフックで吊るされた女性の死体が発見される。遺体の傍には幼児が書いたような稚拙な字で「かえるをみのむしのかっこうにしてみよう」という内容のメモがあった。この事件を捜査するのは、埼玉県警のベテラン刑事・渡瀬と新人刑事・古手川。明らかに通常の事件とは異なる惨状と犯行声明文の異様さから、憲法39条にひっかかる犯人像が推測されるため、2人は精神医学の権威、御前崎教授に話を聞きに行く。御前崎は3年前、17歳の少年に娘と孫を殺されたが、39条が適用され加害少年が無罪になったという過去を持っていた。
 遺体発見から4日後、今度は廃車ごとプレスされた死体が見つかる。傍には「かえるをはさんでぺちゃんこにしよう」と書かれたメモが。被害者の共通点は見つからず、その異様さだけをクローズアップして報道するマスコミのせいもあって市民は恐怖に陥る。
 場面は変わり、ナツヲという10歳の子供の物語。父親から性的虐待を受けるナツヲは、別人格を生み出すことで精神のバランスを保っていた。最初は虫を、次第に野良猫や野良犬を殺すようになるナツヲ。そして12歳の時、3歳年下の少女を殺害して逮捕される。その後、御前崎によって矯正プログラムが施され、新しい名前で人生を歩むことになった。
 警察は、市民から寄せられる不審者情報の中から、過去に犯罪歴があり釈放されている人物、犯行現場に土地勘があるものをマークする。古手川の担当になったのは勝男という18歳の青年だった。勝男は4年前に幼女を絞殺したが、カナー症候群という自閉症だったため不起訴→措置入院→保護観察となり社会復帰していた。古手川は、勝男の保護司である有働さゆりに面会を求める。彼女はピアノ教師で、勝男にも音楽療法を施していた。
ところが、さゆりの一人息子・真人が3人目のターゲットとなり、四肢と頭部を切断、腹部は切り裂かれた状態で発見され、「かえるをかいぼうしてみよう」というメモが。
警察の捜査が進展しない中、ベテランの渡瀬は事件の被害者の名前が50音順だという事に気づく。同じ事に気づいた記者が、次にターゲットとなるのは飯能市民で「エ」から始まる名字の者だと報道したため、市民はパニックになる。
そんな中、第4の死体が発見される。被害者は病気によりほぼ引退状態だった弁護士の衛藤という人物。絞殺された後、灯油で焼かれており「しにかけたかえるをもやしてみた」というメモがあった。
 一向に解決しない連続殺人にパニックとなり、暴徒化した市民たちに捜査本部が襲われる。そんな中、さゆりから勝男が危ないという電話が。前科のある勝男の所にも市民が押し寄せたのだ。渡瀬の機転で暴動がおさまった警察署を後に、勝男の働く歯科に向かう古手川。
猟奇殺人を繰り返すカエル男の目的は?そしてナツオの正体は?果たして警察は真相を明らかにすることができるのか…。
 現在進行形の連続殺人と併行し、犯人が過去に受けた虐待の描写が出て来るところが、この作品のポイントだ。犯人像が多重構造になっているので、途中までは何となく犯人らしき人物も予想できるのだが、最後のオチには「そう来たか!」と素直に驚いた。真実が明らかになっていく後半はぐいぐいスピードが加速するので、読むのを止められなくなる。“因果応報”という言葉がポイントのラストも良かった。
 この物語は人間の弱さや、憲法39条など司法の問題、不安を煽りたてるマスコミとそれを鵜呑みにする市民など、実際に社会が抱えている問題についても考えさせられる。私たちが人間として守るべきなのは社会の秩序なのか、個人の尊厳なのか。理解できない犯罪が多発している現実社会でも形は違うかもしれないが、このような事態に陥る可能性は考えられる。そう考えると空恐ろしくなってくるが、本書はそうした社会問題や人間が抱える心の闇を炙り出しながらも、読み物としての娯楽性を充分に備えているので、一気に読める面白さがある。
 中山七里は、2009年に「さよならドビュッシー」で『第8回 このミステリーがすごい!大賞』を受賞しているが、この時に最終ノミネートに残ったのが「災厄の季節」(のちに「連続殺人鬼カエル男」として刊行)である。最終選考で同じ作者の作品がダブルノミネートされたのは史上初の快挙だという。大賞を取ったのは「さよならドビュッシー」の方だったが、こちらの方を読みたいというリクエストが相次ぎ、翌年「連続殺人鬼 カエル男」と改題して出版された。
解説によると、作者はこの作品において 1.一気読みさせる、2.どんでん返しがある、3.ラスト1行で驚く、を目指していたという。まさにその通り、してやられた!快感を味わえるミステリーの名作である。

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