本:多くを教えてくれる

ネガティブもここまで極めると痛快!

絶望名人カフカの人生論」  フランツ・カフカ
(1883~1924)
頭木弘樹/編集・翻訳



カフカの代表作といえば、まず思い浮かべるのは「変身」だろう。ある朝、目覚めると毒虫に変身していたというこの強烈な物語は、カフカ29歳の時の作品だ。
カフカは1924年6月、喉頭結核で夭折した。享年41歳。生涯独身で子供もなかった
カフカは生前から評価が確立していた訳ではない。彼は親友のマックス・ブロートに自分の死後、草稿・ノート・メモ類の全てを焼却するよう遺言していたのだが、ブロートはあえてそれを守らずに遺稿を管理し、死の翌年から未完に終わった作品群を出版した。そして、世界中から評価されることとなったのだ。

フランツ・カフカは、1883年7月にプラハで宝石商を営むユダヤ人家庭の長子として生まれた。幼い時から厳格で強靭な父親を恐れ、家族と交わることをせず、自分の殻に閉じこもりがちだったという。
18歳でプラハ・ドイツ大学に入学、法学博士号を取得し卒業後、親戚のコネでイタリア系の保険会社で働き始める。しかし、きつい労働についていけず、すぐに退社。次にマックス・ブロートの父親のコネにより、労働者災害保険局で公務員として働き始めた。この職場は午前中で仕事を終えることができたため、彼は仕事の後の時間を執筆に使うことができた。
カフカは1917年、34歳の時に喀血し、1922年に職場を去る。それまでカフカは身体の事を心配して、ずっと食べたい物も食べず、飲みたい物も飲まない生活をしていた。それでも病気になってしまった。
しかし、カフカはこの病に救済を感じたと書き残している。それは、頭を悩ませていた現実問題を、すべて病を理由に棚上げ出来たからだ。恋人との婚約を病気を理由に解消し、嫌で仕方なかった仕事も年金付きで退職できた。
カフカは死の前日まで「断食芸人」の校正刷りに手を入れていた。この短編「断食芸人」は、自分に合った食べ物を見つけることができず、断食を続けて死んでしまう男を描いたものだが、これは結核が喉にひろがり、何も食べられなくなって死んだカフカ自身の姿でもあった。カフカの作品は、そのまま彼の生き方であり、また死に方でもあった。そして彼は、まったく無名の作家としてこの世を去った。

本書は、そんなカフカの手紙や日記の中からネガティブな言葉を集めたものである。
『将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来に向かってつまづくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。』
『ぼくは、ぼくの知っている最も痩せた男です。体力はないし、夜寝る前にいつもの軽い体操をすると、たいてい軽く心臓が痛み、腹の筋肉がぴくぴくします。』
『ちょっとした散歩をしただけで、ほとんど3日間というもの、疲れの為に何もできませんでした。』
どうですか、これ。これがラブレターの一節だというのだから素晴らしい。愛想を尽かさなかった相手も素晴らしい。
『ぼくはひとりで部屋にいなければならない。床の上に寝ていればベッドから落ちることがないのと同じように、ひとりでいれば何事も起こらない。』
『バルザックの散歩用ステッキの握りには、「私はあらゆる困難を打ち砕く」と刻まれていたという。ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。共通しているのは、「あらゆる」というところだけだ。』
『ぼくはいつだって、決してなまけ者ではなかったと思うのですが、何かしようにも、これまではやることがなかったのです。そして、生きがいを感じたことでは、非難され、けなされ、叩きのめされました。どこかに逃げだそうにも、それはぼくにとって、全力を尽くしても、とうてい達成できないことでした。』
…本当にありとあらゆることに絶望していて、まったくブレがない。すべて自分がネガティブであるが故に引き起こされる負の連鎖であることを自覚しているネガティブ。その方向にブレがなく、一本筋が通っているというのはある意味すごい。

序文で、翻訳者の頭木弘樹氏はこう書いている。
『心がつらいとき、本当に必要な言葉は?』 『心がつらいとき、まず必要なのは、その気持ちに寄り添ってくれる言葉ではないであろうか。(中略)ポジティブな明言は、確かに価値のあるものですが、心がつらいときにいきなり読んでも、本当には心に届きません。まずは、ネガティブな気持ちにひたりきることこそ、大切なのです。』
『カフカほど絶望できる人は、まずいないのではないかと思います。カフカは絶望の名人なのです。誰よりも落ち込み、誰よりも弱音を吐き、誰よりも前に進もうとしません。しかし、だからこそ、私たちは彼の言葉に素直に耳を傾けることができます。成功者が上からものを言っているのではないのです。』
その言葉通り、カフカのネガティブな言葉の数々は意外なパワーをくれる。読んでいくうちに彼に親しみを感じ、何故か可愛くすら思えてしまう。

あまりにもネガティブなので、周囲の人たちはさぞ大変だっただろうと思うのだが、そんな所が“支えたくなる”と、女性にはモテたらしい。さらに真面目に仕事をこなす有能な職員だったし、機械に詳しく、旅行好きで、散歩を日課としていたという。人が集まる場所ではいつも聞き役に回り、優しく物静かで謙虚な人柄は多くの友人や女性に愛されたそうだ。
そこそこ裕福な家に生まれているし、職場でも比較的良い待遇で働けているし、婚約するような恋人もいて、死後は彼の作品を世に出そうと奔走してくれた親友もいる。本人さえその気になればいつでも充実した生活が遅れたんじゃ…という気もするが、そうはいかないのがカフカなのだろう。
余談だが、巻末に載っている10代の頃のカフカもかなりの二枚目で、女性にモテたというのも肯ける。

「絶望名人カフカの人生論」はネガティブだけど笑えるし、胸に染みる言葉もある。共感できるところもあり、勇気づけられる部分もある。その時その時の心のありようで、幾通りもの読み方が出来る。
カフカ=難解だと敬遠してきた人に、ぜひ手にとってもらいたいカフカの魅力が満載の1冊だ。
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