本:多くを教えてくれる

脳の持つ不思議な力と可能性

「火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者」

オリヴァー・ サックス(1933~2015)



 本書の作者、オリヴァー・サックスはアメリカの脳神経医師で、「レナードの朝」という映画に登場するセイヤー医師のモデルとなった人物である。オリヴァー・サックスはこの映画の原作となった「レナードの朝」をはじめ、「サックス博士の片頭痛大全」「妻を帽子とまちがえた男」「タングステンおじさん」など多くの著作があるが、本書はタイトルにもなった自分自身を「火星の人類学者」と呼ぶ動物学者を始めとした生まれつき、もしくは病気によって脳に障害を持つ7人の患者とオリヴァー・サックスとの交流を記したものである。
本書は全米で大ベストセラーになり、日本語を含む21か国語に翻訳されている。
 オリヴァー・サックスの書く文章は、患者ひとりひとりに寄り添った温かさに溢れ、専門知識がなくても読みやい内容になっている。
紹介されている症例および患者は、
・すべてが白黒に見える全色盲の画家
・脳腫瘍により、新たな記憶が刻めなくなってしまった青年
・トゥレット症候群の外科医
・白内障の手術により視力を回復した元盲人
・故郷の風景の詳細な記憶から絵を描き続けている画家
・自閉症の天才的な少年画家
・「わたしは火星の人類学者のようだ」と自ら述べる自閉症の動物学者の7人。
 なかでも最も興味深かったのは手術で視力を回復したヴァージルの話だ。
ヴァージルは生まれつき盲目だったが、婚約者の熱心な勧めで手術を受ける。視力は回復したが、50年近く盲目で暮らしてきた彼には触ることで物を認識することが自然だったため、逆に目に見える物が何なのか分からず、以前より困難を抱えることになってしまう。例えば犬を見ても、それまで触覚で犬を認識していた彼には、それが何なのか分からない。木を見ても、葉っぱや幹の部分部分が見えるだけで全体を木として認識できない。それは知識の問題ではなく、見えた物を再構成する脳の問題なのだという。触覚を基本にした世界が、突然視覚を基本にした世界にとって変わられても脳はついていけない。しかも、手術後何年経っても空間と距離の認識が難しく、盲目だった頃より歩いている時の不安が大きかったという。ヴァージルは、ある日肺炎で重態に陥り再び視力を失くしてしまう。彼はそれを贈り物のように感じ、再び安らかな気分を取り戻したという。
彼の症例を読んで、慣れ親しんだ感覚がないと物を正確に認識できない、ということを初めて知ったし、色が脳の中で組み立てられるということにも驚いた。人間にとって大切なのは感覚であり、私たちが“目は見えないより見える方がいい”と考えるのは、安易な思い込みなのだ。
 そして、タイトルにもなった「火星の人類学者」テンプル・グランディン。彼女は高機能自閉症で、子供の頃から“感情”というものが理解できなかったという。そこで彼女は、様々な状況で人間がどう動き、感じ、表情に出すか膨大なデータベースを自分で作り、それを一つ一つ学習していったという。彼女は自分に欠けているものを自覚し、それを自閉症特有の能力と努力で補ったのだ。「火星の人類学者」とは、人間と真の交流ができない自分自身のことを形容した言葉なのである。一方で、彼女は動物の心の動きについて直感的に把握できる。それは自分の心の動きと動物たちの心の動きがとても良く似ているからだという。コロラド州立大学の動物行動学者であり、家畜用施設の設計コンサルタントとして成功している彼女は、「もし自閉症がなくなればわたしがわたしでなくなるから、このままでいい」と述べている。
 その他、本書に登場する7人に共通していることは、その病気込みで自分の個性だと考えていることだ(「最後のヒッピー」に登場するグレッグは悲劇的だが)。7人中4人が芸術家だということも特徴的に思える。彼らは自分に何が欠けているかをよく自覚し、同時に自分の強みも知っている。彼らは、私たちと少し違った形でこの世界を認識しているだけで、異常者でも狂人でもない。それらの症状が全て脳に起因しているということに驚くし、それでも世の中に適応している彼らの姿は、人間の脳が持つ未知の可能性も感じさせる。
「はじめに」で、博士が「欠陥や障害、疾病は潜在的な力を引き出して発展、進化させ、それがなければ見られなかった、それどころか想像もできなかった新たな生命の形を生み出すという逆説的な役割を果たすことができるのである。」と述べているが、本当にその通りだと思う。もしかしたら、彼らは私たちのような“凡人”よりも、ずっと高度な能力を持っているのではないかとすら思わされる。
 最近はコミュ障やパーソナリティ障害という言葉も一般的に使われるようになったが、テンプル・グランディンの「人間の社会的行動がうまく理解できない」「分析的にしか他者の心を理解できない」という言葉に共感する人は意外と多いかもしれない。私たちが日常的に交わしているコミュニケーションも、非常に曖昧なものでしかないのだ。そう考えると、私たちが“普通”だと思っている世界もあやうく脆いものでしかない。
正常と異常の境界はどこなのか、全ての人が自由に生きる世界を築くことは可能なのか―。いろんなことを考えさせられる1冊である。


本トップ