本:多くを教えてくれる

家族とは?生きるとは?幸せとは?

「七十歳死亡法案、可決」

垣谷美雨



『七十歳死亡法案が可決された。
これにより日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から、30日以内に死ななければならなくなった。例外は皇族だけである。尚、政府は安楽死の方法を数種類用意する方針で、対象者がその中から自由に選べるように配慮するという。
政府の試算によれば、この法律が施行されれば、高齢化による国家財政の行き詰まりがたちまち解消されるとしている。ちなみに、施行初年度の死亡数はすでに七十歳を超えている者を含め約二千二百万人で、次年度以降からは毎年百五十万人前後で推移する。
この十年、日本の少子高齢化は予想を上回るペースで進んだ。それに伴い、年金制度は崩壊し、医療費はパンク寸前である。さらに介護保険制度に至っては、認定条件をどんどん厳しくしてきたにもかかわらず、財源が追いつかなくなっている。(中略)
果たして長寿は人類に幸福をもたらしたであろうか。
本体ならば喜ばしいはずの長寿が、国の財政を圧迫する原因となっただけでなく、介護する家族の人生を台無しにするような側面があることは今や否めない。』
 本書は冒頭、週刊誌のこんな記事から始まる。
当然、この法案は世界中から非難を浴びる。宗教団体をはじめ、各国の議会でも法案の廃止を求める声明が相次いで発表され、各地で反対運動が起こる。
しかし、寿命が七十歳と固定化されたことで生き生きした生活を送れるようになった人も存在する。終わりの見えない介護を余儀なくされていた人は2年後までの我慢という希望を見出し、残された時間は自分の好きなことをして生きようと考え、仕事を辞める人も増える。
 物語は宝田家の人々を中心に展開していく。
宝田家は現代社会を象徴するような問題をいくつも抱えている、日本を凝縮したような家庭だ。10年以上義母の介護をする専業主婦の東洋子(トヨコ・55歳)は介護のストレスや肉体的疲労、家族に対する悩みを1人で抱えこんでいたが、70歳死亡法案が可決してからは2年後を密かに楽しみにしていた。
東洋子の夫・静夫(58歳)は家事や介護はすべて妻の役割と思って疑いもしない。平日は仕事が忙しいことを理由に何もせず、土曜はゴルフ、日曜は昼過ぎまで寝ている。
長女の桃花(30歳)は一人暮らしをしていて、給料の安い介護士として働いている。家の男たちを甘やかせてきた東洋子になかば呆れ、自分にしわ寄せが来ることを嫌って実家に寄り付こうとしない。長男の正樹(29歳)は一流大学を卒業後、就職した銀行を3年で辞めた。原因は人間関係。転職なんて簡単に出来ると思っていたが、中途採用で求められる専門知識や即戦力の能力がない正樹はことごとく不採用になった。現在は何もかも嫌になり、ひきこもり状態。
義母の菊乃(85歳)は体の自由が利かないため夜昼となく東洋子を呼び、高圧的な態度でこき使う。小姑たちは介護と聞けば逃げ出し、相続と聞けば飛んでくるような輩ばかり。
そんな中、静夫は会社を早期退職し、大学時代の親友と夢だった世界一周に旅立つと言い出す。心身の疲労が限界だった東洋子の中で何かが壊れる。そして東洋子が実行したこととは…。
はたして宝田家と日本の国民はどんな未来を手に入れるのか?
 物語は、東洋子・静夫・桃花・正樹・菊乃、それぞれの立場から見た世界や考えを描く。
正樹を通して就職に悩む若者たちの現状が、介護の仕事をしている桃花を通して終末介護のあり方や誰にも迷惑をかけずに死ぬことの難しさが描かれていて、フィクションだと分かっていても、それらの問題があまりにもリアルで考えさせられる。物語の中では、どうしても東洋子に感情移入してしまうが、寝たきりになってしまった菊乃の章を読むと、介護される側の気持ちも丁寧に描かれていて、高齢者のわがままも少し理解できた。
物語で浮かび上がる問題は、現在の社会で誰もが直面せざるを得ない深刻な問題ばかりだ。
どの世代も決して幸せではない今の世の中。寿命が延びたことは、幸せなことなのか?
もちろん、本書は高齢者を疎むような主旨で書かれたものではない。文章も軽いタッチで描かれているので読むのがしんどくなることもない。むしろ、もっとディープで過激な内容の小説かと思っていたが、意外にも温かく救いのある終わり方で読後は明るい気分になる。テーマがテーマなので、もっと悲惨で破滅的な物語にすることも可能だったと思うが、作者はあえて優しいラストを選んだのだろう。
作者は幻冬舎のウェブマガジンにこんなメッセージを寄せている。
『もしも「老後の心配」がなかったら…。ある日私は想像してみたのです。すると今まで、老後が心配だから○○しておこう。老後が心配だから○○しないでおこう。そんな縛りが、生活の細部にまで深く入り込んでいることに気づきました。まるで老後のために今日を生きているようだと思ったのです。そしてさらに、もしも人生が七十年なら…と想像してみたとき、限りある人生を精いっぱい楽しく生きようと瞬間的に決意しました。もともと人生には限りがあるのにおかしなことです。そんな馬鹿馬鹿しい妄想から醒めたあと、不思議なことに心の中に決意だけは残ったのです。読んでくださったみなさんの心の中にも、ひとつでも前向きな何かが残れば嬉しく思います。』
 生きている限り、死は必ず訪れる。若い頃は「どう生ききたいか」ということに悩むが、それがいつしか「どう死にたいか」に変わる。その境界は何歳ぐらいなんだろう。今までは介護する側の目線でばかり物事を考えていたが、自ら望んで介護される人なんて居ないという当り前のことにも気づかされた。この物語の中に登場する人物たちは、そのまま未来の私たちかもしれない。
いろんな問題に共感し、深く考えさせられる1冊だ。
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