本:多くを教えてくれる

影に魅入られた男は月に昇っていった

「Kの昇天―或はKの溺死」

梶井基次郎



 「Kの昇天」は1926年、同人誌『青空』に発表された5ページほどの短い短編。当時は谷崎潤一郎や芥川龍之介、泉鏡花、川端康成などの名だたる面々が文壇を賑わせていたため、梶井の作品が注目されることはなかった。31歳の若さでこの世を去った梶井基次郎の作品は20編ほどしかなく、そのほとんどは発行部数の少ない同人誌に書かれたものである。梶井が原稿料を手にしたのは絶筆となった「のんきな患者」が初めてだった。この作品が直木三十五、正宗白鳥によって新聞に採り上げられ、その後、小林秀雄が好意的な書評を載せるなどして徐々に作品が認められるようになった矢先、彼はこの世を去ってしまう。そして梶井の作品は歳月と共に評価が高まり、現在は教科書に載るまでになっているのだ。
 「Kの昇天」の主人公 “私”は、すでにKの死、そしてKの死因が事故なのか自殺なのかを尋ねる内容の手紙を受け取っている。その手紙を読んだ“私”はすぐに「K君はとうとう月世界へ行った」と考えた。その理由を返信するというスタイルで書かれている。
 “私”がKと出会ったのは月夜の海岸だった。満月の照らす砂浜で地面を見ながら前後左右に歩いている奇怪な人物を見かけた。最初は落し物でもしたのかと考えたが、良く見ると自分の影を見ながら動いていた。私は気になって話しかけ、それから親しくなる。
Kは『影程不思議なものはない』と語りはじめる。月の光で出来た影をじーっと見ていると、その中にだんだん生物の相があらわれて来る。それは電灯の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分の形と等しいということがあるが、その影も短いのがいい。そして影は少し揺れ動く方がいいのだ。雑穀や小豆の屑を盆の上で探すように、影を揺って御覧なさい。そしてそれをじーっと視凝めていると、そのうちに自分の姿がだんだん見えて来る。それは「気配」の域を超えて「見えるもの」の領分へ入って来るのだとKは言った。
さらに『影と<ドッペルゲンゲル>。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないというような、そんなものを見たときの感じ。―その感じになじんでいると、現実の世界が全く身に合わなく思われて来るのです。だから昼間は阿片喫煙者のように倦怠です』と打ち明けた。そして“私”はKとの会話から彼が死んだ夜の仮説を立てる。満月の晩。影を見つめながら海に入り、波を受けて倒れる。意識は月へ昇り続け、体はそのまま波に飲まれて溺死したのではないか…と
 月明かりで出来た自分の影を見たことのある人なら分かると思うが、月によって出来る夜の影というのは、太陽で出来る昼間の影とは全く異質だ。じっと見つめていると自分の意思に反して動きだしそうな、そんな怖さがある。しかし、普通の人間なら漠然とした不気味さを感じる程度の現象を、ここまで妖しく幻想的な物語に仕上げることが出来る梶井の才能はやはり素晴らしい。
また、<ドッペルゲンゲル>という単語から分かるように、本作での影は、自我の分裂という意味合いも持っている。太陽の明るい光のもとに写される表(陽)の自分ではなく、夜の月のもとに写される内(陰)の自分。こうしたイメージは、梶井自身が肺結核や神経症を患っていたことが影響を与えているのかもしれない。
 また、梶井基次郎の特徴として理系の人間ならではの表現が挙げられる。彼はエンジニア志望で、第三高等学校(現在の京大)理科甲類に入学するが、その後文学に目覚めて東京帝国大学文学部に進学したという経歴の持ち主。“K君が月世界へ飛翔した”という突飛な発想も、理系ならではの論理で整然と説明されると(もしかしたら、そういう事もあるかもしれない)と思えてくるから不思議だ。人の死が描かれているにも関わらず、その死は寓話のように象徴的で、無機質なイメージに包まれている。
梶井基次郎の作品は、難解であると言われることも多い。どの作品も文学的というよりは心象風景を綴った詩に近いものばかりだが、その文体の美しさ、発想の奇抜さは他の作家にはないものだ。普段は忘れているのに、ふとした拍子に作品の1シーンを思い出す、ということが多い。
この、強烈に印象に残るシーンを多く描けるというのも、やはり彼に天性の才能があったからこそだろう。
 伊藤整の自伝小説「若い詩人の肖像」では、梶井基次郎の素顔を垣間見ることができる。伊藤は梶井の印象を「彼は自分自身を整理し切っており、文学という魔術にもたれかかっていない大人という感じがした」「生きる自分の一日一日を最上の状態で過ごし、かつ自分の残すものは、作品も手紙も十分に気をつけ、他人に与える印象もまた明るさや労りや真心に満ちたものにしようという覚悟をして、その時間の総てを充実したものにしたいと心を決めている」ように見えたという。また、結核の療養のためにいた伊豆で「美しい」と飾っていたリンゴを三好達治が食べたとき、三好をポカッと殴ったという話も残っているが、梶井の豊かな感性を象徴するような逸話である。
 結核という不治の病のせいで、仲間や世界から隔てられているという孤独感と諦念。いつしか現実から距離を置いて世界を眺める視点を、彼は身につけていたのだろう。そして、そんな自分自身をも凝視し続け、身を削って文章を磨き続けた。
「Kの昇天」で、死は美しい旅立ちとして描かれている。常に死を意識し、見つめていた梶井にとって死は恐ろしいものではなかったのだろう。Kのように美しい月に召されることは、理想の死に方のように思えてくるし、満月の夜更けに浜辺へ出て、自分の影を揺らせてみたいという誘惑にも駆られる。この作品を読んだ人は、月明かりで出来た自分の影を見るたび必ずこの物語を思い出すだろう。それぐらい強烈なインパクトを残す短編である。
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