本:多くを教えてくれる

斬新な発想で歴史的名作が大変身

「高慢と偏見とゾンビ」

ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス
安原和見・訳



 英文学の不朽の名作として名高い「高慢と偏見」をご存じだろうか。女流作家、ジェーン・オ-スティン(1775~1818)の代表作の1つで何度も映画化されていることからも、その根強い人気がうかがえる。1995年には英国BBCで制作されたドラマ版が大ヒットし、コリン・ファース演じるダーシーの虜になる女性が続出。世界中に何百万人ものダーシーマニアと呼ばれるファンを生み出した。BBCには連日ファンレターが殺到し、このドラマが放送される時間には町から女性がいなくなったという伝説まで残っている。2005年にキーラ・ナイトレイ主演で公開された「プライドと偏見」も記憶に新しい。ちなみに「ブリジット・ジョーンズの日記」も「高慢と偏見」をオマージュした作品である。
 まず、オリジナルの「高慢と偏見」を簡単に説明すると、主人公はイギリスの田舎村に住むエリザベス・ベネット。彼女は5人姉妹の次女である。一家は不自由なく暮らしているが、ベネット夫人は娘たちに金持ちの婿を取らせようと躍起になっていた。なぜなら、この時代には女性に財産相続権がなく、家長であるベネット氏が死去すれば財産はすべて従兄弟が相続してしまうからだ。この時代、中流階級以上の女性にとって結婚がすべてだった。
そんな折、町に独身の青年資産家ビングリーが別荘を借りて越してきた。ベネット夫人は早速娘を引き合わせようと舞踏会の約束を取り付ける。長女ジェーンとビングリーが互いに好印象を抱く一方、エリザベスはビングリーの友人で気難しいダーシーが自分の事を揶揄する発言を聞いてしまい反感を抱く。ダーシーは次第にエリザベスの魅力に惹かれ始めるが、プライドの高さが災いして格下の家柄であるエリザベスと打ち解けられない。しかし、次第に募るエリザベスへの想い。勇気を振り絞って結婚を申し込むが、偏見や嘘によってダーシーを誤解しているエリザベスは申し込みを断ってしまう。その後、紆余曲折があり次第にダーシーへの誤解が解けていくエリザベス。そして再会した2人は…。
 エリザベスに惹かれながらもプライドが邪魔してしまうダーシー。しかし、ダーシーの高慢さは表面的なもので、本当の彼は領民からも慕われる善良な人格の持ち主だった。嫌な奴だと思っていたら実はイイ奴。しかも不器用で一途…そんなダーシーは現在で言うところの“ツンデレ男子”の典型。このタイプは昔も今も不変の人気があるようだ。
と、前置きが長くなったが、この「高慢と偏見」の世界にゾンビが登場するという突拍子もない物語が2009年に発表された「高慢と偏見とゾンビ」である。ストーリーも文章も原文をほとんどそのまま利用した本作のような作品をマップアップ小説と呼ぶらしい。
作者はロサンゼルス在住の作家、TV・映画の脚本家、プロデューサーであるセス・グレアム=スミス。彼は本作で一躍有名になり、2010年に「ヴァンパイアハンター・リンカーン」を刊行、映画化されている。
 読む前はかなり不安もあったのだが、これが面白い!原作では“財産のある独身男性は妻を娶ろうとするはずだ、というのは一般に認められた真理である。”と始まるのに対し、本作は“脳みそを手に入れたゾンビはさらに多くの脳みそを得ようとするはずだ、というのは一般に認められた真理である”と始まっていて、書き出しから笑ってしまう。
 「高慢と偏見とゾンビ」も19世紀イギリスの片田舎が舞台だが、こちらの世界は謎の疫病が蔓延し、死者がゾンビとなって人々を襲っているという設定。ベネット家の5人姉妹は少林拳を習い、立派な戦士になるため日々修行している。姉妹の中で最も優秀な戦士である次女エリザベスは、大富豪の騎士・ダーシーと恋に落ちていく、というのが大まかな筋立てだ。ダーシーはやはり高慢でとっつきにくい上に“ケンブリッジ陥落以来、一千を超す化け物を退治してきた有能な戦士”というキャリアが付加されている。そしてなぜか下ネタジョークを言う人になっている。(笑)
なんてアホなことを思いつくんだろう…と呆れつつ、物語が面白くて引き込まれてしまう。不思議なのは、荒唐無稽な設定であるにもかかわらず、読後の印象が原作とさほどかけ離れていないことだ。これは、物語の主題がゾンビとの戦いではなく原作通りロマンスにあるからだろう。しかし、ゾンビがウロウロしている状況でありながら、原作と同じように恋愛模様が展開していくのが何よりおかしい。のどかな19世紀の英国に違和感なくゾンビが存在し、舞踏会でダンスを楽しんでいた5分後に、使用人がゾンビに食われていたりしてシュールこの上ない。
 また、やたらと日本押しなのも謎。英国では、東洋に修行に出て武道を修めることが上流階級のたしなみという設定があったり、ダーシーの屋敷で出されるご馳走が鰻のナレズシだったり。ベネット家にはドージョーがあって、エリザベスは中国で修行したことになっている。そして、上流階級の子弟はキョートのドージョーで修行するのに中国で拳法を習うなんて…とバカにされる。他にもニンジャが登場したり、お金持ちの婦人がゲイシャを連れ歩いていたりと、この作者はわざとトンチンカンな東洋趣味を描いているのか、それとも本当にトンチンカンなのか…不可思議である。
他にも冬になると地面が凍るからゾンビは出てこない。その代わり、雨の日は出やすくなる。というカエルか!と突っ込みたくなる設定があったりして、こういうバカバカしさが大好きな人なら本作も楽しめるだろう。著者によると、本書に対する不満の声はおもに「ゾンビが足りない」ということだったそうで、それを受けてゾンビを30パーセント増量したデラックス愛蔵版も刊行されているとか。
 訳者もあとがきで述べているが、この作品は原作の長々とした描写を上手くカットし、ところどころにゾンビとの戦闘シーンを挟むことよって退屈せずに読めるというプラスの効果が生まれている。全米で100万部の売上げを記録したという本作は、異質なものの組み合わせが時として素晴らしい魅力を発揮することを証明したとも言える。
本作を読んだとき、いかにも映画化されそうな物語だなぁと思ったら、本当に映画化されていた。しかも、プロデューサーはナタリー・ポートマンだとか。映画は2016年9月公開予定らしいので、興味のある人は原作と本作を読んでから映画を観ると2倍・3倍楽しめるかもしれない。
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