本:多くを教えてくれる

知られざる宮沢賢治の一面に迫るドキュメンタリー

「宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人」

今野勉



 私の中で宮沢賢治というのは他の作家とは全く異なるポジションに居る作家だ。それは彼の作品が他に類を見ない感性・リズム感のある文体・ユーモラスなオノマトペによって書かれているからであり、星や鉱物、生き物が紡ぎ出す物語は美しさと悲しみに満ちている。その純粋さと難解さは他の文学作品とは全く異次元にあるような印象を受ける。
そんな宮沢賢治のイメージを覆す秘密とはいったい何なのか。
 著者はプロデューサー・演出家・脚本家の今野勉(こんのつとむ)。元TBSドラマ部門出身の映像作家であり、放送界では巨匠と呼ばれる一人だ。
本書を書くきっかけはある新聞社からの執筆依頼だった。宮沢賢治の全集を一から読み直し、一編の文語詩を見つける。<猥れて嘲笑めるはた寒き、凶つのまみをはらはんと/かへさまた経るしろあとの、天は遷ろふ火の鱗> で始まる四連の詩には、「猥」や「嘲笑」の他にも「凶」「秘呪」といった字句が使われ、ただならぬ気配を発していた。しかも意味もわからない。不可解で異様な詩への疑問を解明するため、著者は宮沢賢治の人生に迫っていく。
資料を読んで仮説を立て、自ら現地に足を運んで調査を行い、再び考察を続ける。そんな中で浮かび上がってきたのは賢治と二つ下の妹トシがそれぞれ抱えていた恋の闇だった。
 家業や宗教のことで父と諍いが絶えなかった賢治にとって、トシはよき理解者だった。そのトシが24歳という若さで死んだのは1922年11月27日のこと。死因は結核だった。そして賢治自身も結核を患っていた。
賢治の行動を追い、謎解きを始めた著者は一つの事件に行きつく。それはトシの恋愛事件だった。
トシは花巻高等女学校時代、赴任してきた音楽・鈴木竹松にバイオリンを習い、恋心を寄せる。トシは鈴木の下宿に訪れるまでの関係になり、これを同じく鈴木にバイオリンを習っていた親友の大竹という女性に喋ってしまう。ところが大竹は美人でバイオリンも上手く、鈴木は大竹に好意を抱いているという事が分かる。この三角関係にトシは破れた。しかも、この事件が「岩手民報」にスキャンダルとして大々的に報じられ、トシはさらなる追い打ちを避けるために東京の大学に進学したのだ。この恋はトシに生涯消えない傷を残した。苦しみながら自己の精神の変遷を見つめ続けたトシは「自省録」という作品を記している。
しかし、当時の賢治はこの事件を全く知らなかった。その理由は賢治自身が恋をしていたから。その相手はただ一人の友であった保阪嘉内だと著者は推察している。賢治と保阪嘉内は同人誌「アザリア」に投稿する同士でもあったが、彼への想いは恋愛の情であると今野は言う。
 1915(大正4)年4月、盛岡高等農林専門学校の農学科に一浪して入学した賢治は、寄宿舎で保阪嘉内と同室になり濃厚な友愛関係を築く。しかし、保阪は危険思想の所有者として退学処分を受け郷里に帰ってしまう。賢治は彼が帰郷してからも頻繁に手紙を書き、その中で「わが友保阪嘉内、わが友保阪嘉内、我を棄てるな」と繰り返し懇願している。この手紙から保阪への気持ちがただならぬものだったことが推察できるが、賢治の想いは拒否される。その後、トシの恋愛事件を知った賢治は、最愛の妹が苦しんでいたことに気づかなかった己を責める。
そして修羅としての賢治が生れた。
よく知られているように、賢治は法華経に傾倒していた。
賢治が言う修羅とは、インドの仏教文化の中でアスラと呼ばれ、怒り、憎しみ、嫉妬といった感情から脱しきることが出来ず常に煩悩にさいなまれている存在である。賢治は自分の姿を修羅と重ねた。そして保阪との別れの後、本格的な創作活動を始める。
 「銀河鉄道の夜」の主人公ジョバンニの同伴者、カンパネルラのモデルはトシであると言われてきた。しかし、今野はカンパネルラ=保阪説を主張する。
実は賢治が遺した「銀河鉄道の夜」の原稿は一つではない。現在残っている物は「初期形第一次稿」「初期形第二次稿」「初期形第三次稿」それに「最終稿」の4つだ。そして全てが未完なのだ。「銀河鉄道の夜」は10年にわたって構成と編集の手を加え続けられていた。遺稿は書き込みが多い上、通し番号もふられていなかったので、編集の仕方によって構成や細部が異なる何通りかの「銀河鉄道の夜」が刊行されていた。その後、編集作業に遺族も加わり徹底的に検討がなされ、現在決定稿として広く読まれている「銀河鉄道の夜」になった。(ちくま文庫版には、本文のほか初期形第一次稿から第二、三次稿も収録されている)
そしてこの「初期形第一次稿」「初期形第二次稿」でのカンパネルラは死者ではなかった。死者となるのは「初期形第三次稿」からなのだ。ということは、トシがカンパネルラのモデルだという説は成立しなくなり、カンパネルラ=保阪嘉内説が優位になる。旅の途中でふいにいなくなってしまうカンパネルラは保阪との別れをなぞっているように見えると著者は言う。
賢治は「銀河鉄道の夜」に何度も何度も手を加えながら、修羅の旅を終わらせ、生きる意味を見つけようとしていた。ジョバンニに“ほんとうの幸せを探す切符”を持たせたのは、そんな賢治の願いが込められているのだろう。
 一般的に宮沢賢治は禁欲的な生涯を送ったと言われている。しかし、賢治には同性愛的な傾向があったと考えている賢治研究家は少なくないらしい。本書でも同性への恋という解明がメインに据えられているが、誰に恋しようと、その恋が失恋に終わった時に受ける傷は変わらない。
本書の結論づけはやや強引な気もするが、リアルな宮沢賢治、詩や文学の背後にあった事実を知ることができた。煩悩に苛まれる自分自身と向き合い、それをあの美しい物語に昇華させた所はさすが宮沢賢治。本書はドキュメンタリーとしても読み応え充分なので、賢治ファンには一読の価値がある良書である。
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