本:多くを教えてくれる

本の魅力を改めて教えてくれる一冊

昔日の客」  関口良雄
(1918~1977)





関口良雄は東京の大森で古本屋『山王書房』を経営していた人物である。
主に文芸書を扱い、文士との付き合いもあり、同人雑誌にエッセイなどを発表していた。還暦の記念としてそれらを集め、いくつか書きおろしを加えて一冊にまとめたのがこの「昔日の客」である。昭和53年に三茶書房から出版されたのだが、残念なことに関口良雄はその前年に病死している。長く絶版で、古本でも1万円ぐらいしたらしいのだが、夏葉社(なつはしゃ)が、2010年に復刊し話題になった。
夏葉社は「1万人、10万人の読者のためにではなく、具体的なひとりの読者のために」「何度も読み返される本を作り続けていくこと」をモットーとした吉祥寺のひとり出版社である。
ちなみに、タイトルの「昔日の客」は、芥川賞作家であり40代で早逝した野呂邦暢(のろ くにのぶ)が、関口氏に自著を送った際、見返しに書き付けた“昔日の客より感謝をもって 野呂邦暢”という一文から取られている。

昭和24年に開店した『山王書房』には尾崎士郎、尾崎一雄、上林暁、川端康成といった文士たちが顔を出し、無名時代の野呂邦暢が通いつめ、店先に三島由紀夫が現れ話好きな店主と交流を深めていた。本書には、そんな本と文学を愛した関口氏の人生が息づいている。
エッセイそのものは数ページと短いが、おおむね3つのテーマに分けられる。1つは関口良雄自身の人生に関するエッセイ。古書店を始めた頃のことや、家族のことなど。13歳の時に亡くなったという父親について、奥さんとの小さな喧嘩、娘さんの結婚、著者の晩年など、このエッセイを読むと関口良雄という人柄が良く分かる。
2つめは、古書店に関するエピソード。ポケットに詩集を入れて呑んだくれているホームレスが店に来たり、文学少女との交流など、非常に面白い話が多い。
3つめは、著者が交流した作家とのエピソード。作家が買いに来て、そこから交流が始まる話もある。
無名時代、貧しい青年だった野呂邦暢は山王書房を度々訪れていたが、ある日郷里に帰ることになる。旅費と支払うべき部屋代を差し引くと本代が千円しかなかった。しかし彼が欲しい「ブルデルの彫刻集」という本は千五百円である。そんな事情を知った関口氏は「千円で結構です」と言い、差額はいっさい受け取らなかったという。そんな2人が芥川賞の授賞式をきっかけに再会する話はとてもドラマチックで感動的だ。他にも、違う町の古本屋で店主に作家の伊藤整と間違えられ(確かに雰囲気が似ている)、そのまま話を合わせたという「伊藤整氏になりすました話」も面白い。これには文壇の会合で本物の伊藤整に挨拶されるというオチがついている。
冒頭の「正宗白鳥先生訪問記」では、正宗白鳥の初版本20数冊を落札し、どうしても会って集めた本をお目にかけたいという一心で赤い屋根の洋館を訪ねた時のことが語られている。本人には会えず、代わりに台所から出てきた正宗夫人と話をする。夫人は最初「夫は自分の本には関心がない」とけんもほろろだったが、話すうちに「それでは私が一寸見ましょう」と言って彼を庭の鶏小屋に連れていく。屋根の上のガラクタを払いのけたスペースに蔵書を広げると、夫人は感心して手にとりながら、夫の本がいかに売れないかを話すのだ。荷風さんはあんなに全集が出ているのに…とか、夫が「楢山節考」を書評で褒めたから本が売れて深沢さんは儲かったけど、うちは少しも儲からなかった、という話を寒風に吹かれながら聞いている関口氏の姿が浮かんでくるようだ。
関口氏のエッセイを読んでいると、有名作家との交流も一般のお客さんとの交流もわけ隔てなく、気取ったところが全くない人だったと分かる。
日々の出来事を淡々と記した随筆集だが、全編通してどこか懐かしく味わい深い話が綴られていて、まるで古書店で本人から話を聞いているような気分になる。

沢木耕太郎のエッセイ集「バーボン・ストリート」の中に「ぼくも散歩と古本が好き」と題した、山王書房と関口氏について書かれた一文がある。
『そこはどんなに綺麗な新本でも定価から四割近く値引きされていた。今はもうすっかり忘れ去られた作家の古い本も棚のよい位置に並べられ大切にされていた。古本を大事にしている姿勢が気持ちよかった。店のガラス戸には若山牧水や室生犀星の詩歌が筆写された書がさりげなく貼られており、店のどこかにはいつも季節の花が活けられていた。欲しい本が何十冊にもなると、カバンに入りきらず、残りを次まであずかってもらったりした。足が遠のいて一年がすぎたある日突然山王書房から手紙が舞い込んだ。店主の死を告げるもので、暮れになって本が届いた。追悼録と店主の遺稿集だった。それを読んではじめて店の親父はこういう人だったのかと知った。遺稿集に収められた文章は随想がほとんどで驚くほど面白い物だった。その中にこんな一編が。
“店主は店を閉めた後の電灯も消えた薄暗がりでひとり椅子に座って棚に並んだ本を眺めるのが好きだったという。時代に取り残され、いつまでも根が生えたように棚から動かなくなる本もでてくる。しかし、彼は《私は売れなくてもいいから、久米正雄の本を棚の上にそのまま置いておこうと思う。相馬御風、吉田絃二郎、土田杏村の本なども今はあまり読むひともなくなった。古本としては冷遇され、今は古本屋の下積みとなっている不遇な本たちだ(略)》ある晩、店主は棚にある志賀直哉の「夜の光」を広げてみる。その見返しに元の持ち主の手になる走り書きが達筆なペン字で残されている。「なぜ私はこの本を売ったのだろう」
私には、薄暗い店の中で、この見返しの文章を見つめて佇んでいる古本屋の親父の姿が、心に深く喰い入ってくる。恐らく、彼は本を売る者の痛みのようなものがよくわかる古本屋だったのだ。金のない本好きの気持ちがよく分かる古本屋だったのだ”』

昭和52年8月22日の朝、関口氏は自宅で静かに息を引き取った。 満59歳。
この本に描かれているような、心から本を愛する店主が居る古本屋に巡り会うことは、本好きの憧れだろう。本書を復刻した夏葉社の熱意には心から敬意を表したい。紙の本を愛する人全てに読んでもらいたい素敵な1冊である。


本トップ