本:多くを教えてくれる

既存概念にとらわれない稀有な芸術家の思想

「日本の伝統」

岡本太郎



 「芸術は爆発だ!」というセリフや太陽の塔で知られる芸術家、岡本太郎。岡本太郎は芸術作品だけでなく著作も数多く残しており、当時の人々に大きな影響を与えたという。
この『日本の伝統』は、「1・伝統とは創造である」「2・縄文土器」「3・光琳」「4・中世の庭」「5・伝統論の新しい展開」という5つの章になっていて、伝統についての考えや持論が書かれている。
 本書で岡本太郎が主張していることは、非常に分かりやすい。「日本の伝統芸術を根本から見直せ」「日本を自分の眼で見てみろ」ということだ。太郎は古典も伝統もあがめない。まず何より今の現実を見る。現在をよりよく生きるために、古典も伝統も存在しているという考え方なのだ。
例えば昭和25年に火災に遭い、壁画が焼失してしまった法隆寺について「法隆寺は焼けてけっこう」と言い放つ。焼けてしまったのなら嘆いてもしょうがない。それよりも、法隆寺よりもっとすぐれたものを作ろうという気迫が大事である。それを現代人が穴埋めすればよいのだ。そして「自分が法隆寺になればよい」と言う。
これを昭和31年に言い放つところがさすが岡本太郎である。
ただし、岡本太郎は過去の伝統を全否定しているのではない。克服すべき対象として肯定しているのだ。「過去は現在が噛み砕き、のりこえて、われわれの現実をさらに緊張させ輝かすための契機であるにすぎません。現在が未来に飛躍するための口実なのです。つまり、かんじんなのはわれわれの側なので、見られる遺物ではない」と言い、素人こそ本当の批評眼を持っていると主張する。玄人は約束ごと、イワク因縁、故事来歴を知っている。しかし、彼らはそれにひっかかり、本質にふれなくなる。そんな彼らは鑑定家にすぎない。素人の直接な目こそが伝統を新しい芸術として生かせられると述べている。
 確かに日本古来の伝統から遠ざかってしまった現代の私たちは、その真価をどのように下せばいいのか分からない。結果的に、権威のある専門家の言うことをそのまま信じる=思考停止状態に陥っているのではないだろうか。「伝統はわれわれいっぱん素人のものでなければなりません。特殊な専門家の権威的なおせっかいをすっぱり切りすてるべきです。つまりモーレツに素人であることを決意した人間の手にとりかえさなければならないのです」と岡本太郎は言う。
「過去の遺産がけっこうだといっても、それは私がいまそう思い、今日現在的にその価値を認め、それを生かすからにほかならない。その情熱と、実力によって、過去がささえられるのです。それはむしろひたすらこちらにかかわっていることです」
そして「昔に寄りかかったり、くよくよする行為は、現在に対する侮辱だ」と言い切る。人は“現在”にのみ生きている。その“現在”と格闘し続けることが生きるということなのだ、と。
岡本太郎は、現在を生きる自分の眼で正面から対峙し、「ビリビリ伝わってくるものを新たにつかみとれ!」と彼らしいメッセージを送っている。
 また岡本太郎には、それまで時代考証の研究対象だった縄文土器を芸術品として研究し、日本美術史を書き換えたという大きな功績がある。東京国立博物館の一室で考古学の遺物として陳列されていた縄文土器を偶然目にした岡本太郎は「なんだこれは!」と叫んだという。岡本太郎は若い頃、パリのソルボンヌ大学で哲学・社会学とともに民族学も修めている。民族学者でもある岡本太郎が火焔土器の写真を載せた『縄文土器論』で提示したのは、縄文土器の造形美、四次元的な空間性、縄文人の宇宙観を土台とした哲学的な解釈だった。
縄文土器には非情なエネルギー、説明を拒否する呪術性、超自然を孕んだ四次元性などが唸るように渦巻いている。こういうものこそが日本の芸術の根本にあるのではないかと岡本太郎は主張した。それが各方面に大きな衝撃を与え、縄文ブームが起こった。それまで弥生土器や埴輪が始まりとされていた日本の伝統を覆し、日本美術史が書き換えられたのだ。現在まで続いている縄文ブームの第一発見者は、なんと岡本太郎だったのだ。確かに野生動物や自然そのものと対峙して生きていた縄文人の原始的な躍動感や生命力は岡本太郎の作品に通じるものがある。
 岡本太郎は“卑しい”ということを一番嫌った。そして、その人の姿勢を問うた。伝統主義者が古いものをカサにきて、現実を侮辱するぐらい非伝統的で卑怯なことはないという憤りが本書を書くきっかけだったという。彼はひどい現実があったとして、それに対し冷笑するだけの態度を認めない。現実から逃避して過去や伝統の狭い世界に逃げ込むのではなく、目の前の現実とたたかう。そうやって生きることこそが創造であり、伝統をつくるのだと述べている。
この本が出版されたのは1956(昭和31)年だが、その内容は現代でも鮮烈さを失っていない。岡本太郎が今もなお多くの人に愛されているのは、やはり彼の情熱的な魂に惹かれるからだろう。
 エキセントリックな芸術家という印象の岡本太郎だが、彼の言葉には本当に名言が多い。
“あっちをみたり、こっちをみたりして、イージーに生きようとするから芯がなくなるんだ”
“本当に生きるためには、自分自身と戦わなければだめだ”
“人生というのは、厳しさを持っているからこそ面白いのである”
“楽な道ばかり歩んでいて、最高の人生だったとふりかえるやつなんていない”
 表現すること、生きることに真正面から向き合い信念を貫いた岡本太郎。彼の作品にじかに触れることによって、彼が本当に訴えたかったことが分かるような気がする。
大阪の万博記念公園にある太陽の塔の内部は博覧会閉会後、不定期な限定公開を除き一般非公開とされていた。その内部が耐震工事とあわせて岡本太郎が制作したオブジェ「生命の樹」や「地底の太陽」、生物模型などを当時の姿に再生し、平成30年に塔内部全体を一般公開する予定だという。もし一般公開されたら、ぜひ生身の身体で岡本太郎の作品を感じに行ってみたいと思う。
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