本:多くを教えてくれる

好奇心が刺激される日本史裏話

「毒舌日本史」

    今東光



  私は今東光が活躍していた時代そのものは記憶にない。彼を知ったのは「作家の顔」という写真集を見ていた時だった。今東光と谷崎潤一郎が並んで大笑いしている写真を見て、気難しいと言われる谷崎潤一郎をこんな風に笑わせる今東光ってどんな人物なのだろう、と興味を持ったのが始まりだった。
別の写真に添えられた『吉川英治さんが亡くなったとき、今東光さんはその葬式で一世一代というくらいのお経を読んだ。サンスクリット語でやってのけた。それほど学のある人だった(略)』という文章も印象的だった。それ以降、今東光の著作やエピソードなどを読んだのだが、とにかく豪傑で破天荒、仰天エピソードもたくさん出てくる。
作家としては勝新太郎主演で映画化された「悪名」をはじめ、「毒舌 身の上相談」「毒舌 仏教入門」などの毒舌シリーズで有名だが、他にも宗教家・参議院議員・易学者・画家など各方面で多彩な才能を発揮した人物である。
 今東光は1898年(明治31年)横浜市伊勢町生まれ。父は日本郵船、欧州行路の船長をしていたため、幼年期は小樽・函館・横浜・大阪を転々とし、10歳より神戸で育つ。関西学院中学部の時、牧師の娘と交際したことなどから諭旨退学になった。その後、兵庫県立豊岡中学校に転校するが、ここでも恋愛事件をきっかけに教師を殴って退学処分を受ける。
その後は正規の教育を受けることなく、本人によると“以後独学”で画家を志して上京する。1918年秋、谷崎潤一郎と出会い、生涯師と仰ぐ。谷崎の私設秘書を自称して谷崎家に頻繁に出入りしていた。その後、一高寮で知り合った川端康成と意気投合。毎日のように互いの家を行き来するようになり、やがて川端が一高に行けば今も一緒に付いて行って一高の授業を受け、東大に行けば東大の授業を受けた(テンプラ学生というらしい)。
川端は若くして日本作家連盟への加入を持ちかけられた際、「評判の悪い今東光と縁を切ることが条件」と言われたが、それに対し「それでは、連盟入りを辞退致します」と言ったとか。今東光が選挙に出た際には、川端康成は応援演説までしている。
他にも芥川龍之介や三島由紀夫などと親交があり、まだ文化欄の記者だった司馬遼太郎の才能を見いだして最初に小説を書かせたのも今東光である。行きがかり上経営を任された仏教系新聞で、かねてから目をつけていた新聞記者に原稿料は自分のポケットマネーだからあまり出せないが自由に書いてよいという条件で無理やり書かせたのが「梟の城」で、これが司馬遼太郎の出世作となったという。
ちなみに今東光の弟、今日出海(こん・ひでみ)も直木賞作家であり、初代文化庁長官を努めている。また、作家・瀬戸内寂聴の仏道における師匠としても知られている。
 人脈もすごい今東光だが、菊池寛との対立から文壇での孤立を余儀なくされ、結果的に断筆していた時期もあった。そして、1930年(昭和5年)32歳で出家し、比叡山延暦寺で修行。その後、中尊寺貫主を務め、大僧正まで昇りつめた。断筆から32年後「お吟さま」で直木賞を受賞。晩年は中尊寺の貫主をつとめながら各地で説法を行い、マスコミにも登場。豪放な人柄と意外な茶目っ気で人気だったという。
 「毒舌日本史」は、当時の文藝春秋社社長の池島信平氏との対談形式で書かれている。今東光は、東大卒の池島氏が感心するほど幅広い学識を持っていて、興味深い話題が次々と登場する。
天台宗の学僧の間で、俗世間に洩れないよう口伝(くでん)で伝えられた秘事を話した事について、『伝承を僕が書き誌して後世に残すということは、それに根拠とするに足る資料も文献もないだけに無責任を免れないかもしれません。(略)仏縁あって天台宗の僧侶となった限り、このような一大事は後世の史家のために書き残す義務を痛感したので天罰を覚悟して書きました。』とも述べている。
 上杉謙信に関する章では『大体、弁財天とか、毘沙門天だとか、天部のお方をまつる人は戒律がやかましいですな。仏教を区別しますとね。如来部、菩薩部、天部、明王部と四つに分類します。無論こりゃ便宜上の分類です。そのうちでも天部の行者は独身者か禁欲者が多いです。(略)それほど天部は怖いものです。今どきの人が聞くと不思議ですが、こりゃ体験してみないとわからないかもしれない。天部の行者が金銭の欲を出したり女人に触れたら大変です。尤もそんな欲をかかなくても財物はうなるほど運ばれて来ますね。不思議に』『昔から聖天さんには無理な願をかけるんだ。人間は欲が深いからね。聖天さんの信者になると真面目に信心と戒行を守らないと却って罰が当ると言われているくらい。だから平清盛は自分で信心して罰でも当たっちゃたまらねえと六波羅密寺で聖天供をやってもらって天下を取りました。(略)そういう意味では謙信は真面目だし深刻やね』という興味深い話も出てくる。
他にも本居宣長の夜這い話や、薩摩武士=金銭至上主義説、信長は日本歴史始まって以来の殺し屋、秀吉は大泥棒、吉田松陰や徳川家について公の歴史には出てこない話が満載だ。
更に、当時冷戦の真っ只中だったソ連の崩壊まで予言している。しかも、ウクライナあたりの独立運動がネックになるとまで言い当てているから恐ろしい。
 比叡山で修行し、八宗兼学の天台宗阿闍梨であり、古今東西の歴史に精通した今東光が、自らの知識を惜しげなく語ってくれている本書は、日本の歴史をもっと掘り下げて知りたい人にぴったりの読み応えのある1冊である。

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