本:多くを教えてくれる

永遠に輝き続ける美しい言葉

「人間の土地」

    サン=テグジュペリ 著/ 堀口大学 訳



 作家であると同時に飛行士でもあったサン=テグジュペリが、飛行家として過ごした15年に渡る経験を綴った短編集。サン=テグジュペリが郵便飛行機パイロットとして働いていた当時は、飛行機の黎明期であり、パイロットは現代と比べ物にならないほど危険な仕事だった。サン=テグジュペリ自身も「星の王子さま」に登場する飛行士“ぼく”のように、砂漠に不時着して奇跡的に生還したこともあった。
本書が発表されたのは、第2次大戦開戦の年。既に「南方郵便機」「夜間飛行機」などで、パイロット出身作家として評価を受けていたサン=テグジュペリが発表した「人間の土地」は、母国フランスで賞を受け、アメリカでもベストセラーとなった。

「人間の大地」の中でサン=テグジュペリは、人間の自由や尊厳について語っている。それは素晴らしい感性で綴られ、「星の王子さま」を彷彿とさせる幻想的な話もあれば、ずっしりと心に響く話もある。
本作は8つの章で構成され、郵便飛行機パイロットとしての初飛行の話、同僚のパイロット達や空を飛ぶ体験、広大で厳しい自然を前にした時のエピソード、空から見た地表の姿や降り立った土地に住む人々、九死に一生を得た砂漠での遭難の顛末、人と人との結びつきの貴重さなどが語られている。

「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだ」
名言として知られているこの言葉も、本書で述べられているものだ。これは男女間のことではなく、砂漠に墜落し、奇跡的に助かった彼と僚友のエピソードから生まれた。食糧も水もない中、2人は生きるためにあらゆる手立てを尽くすが、ことごとく失敗する。死まであとわずかという状況の時、彼らは残骸の中から一個のオレンジを見つけ分かちあう。そして、もう一度立ち上がる。進むために。
オレンジを前に顔を見合わせることも可能だった。しかし、彼らはそうしなかった。東北東に進路をとって歩き続ける。この名言は、僚友と生死の境を共にした彼自身の実体験から生まれたものなのだ。

新潮文庫では、堀口大學(ほりぐちだいがく)が名訳をしているが、使われている言葉が難しく、今の私達には難解な部分もある。しかし、じっくり読んでいくと、日本語としての文章の美しさも感じられるようになる。ちなみに堀口大學は、日本の近代詩に多大な影響を与えた詩人、歌人、フランス文学者である。
また、表紙のイラストは宮崎駿によるもの。
巻末には宮崎駿が書いた「空のいけにえ」というエッセイも載っている。これを読むと、宮崎駿がいかに飛行機に憧れ、同時に飛行機が持つ残酷さ、自分の中にある矛盾と向き合っていたかが分かる。このエッセイを読んでから「紅の豚」や「風立ちぬ」を観ると、また違った発見があるかもしれない。

“ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の晩の景観を、いま目の当たりに見る心地がする。それは、星影のように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。
あのともしびの一つ一つは、見渡すかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇蹟が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭したりしているかもしれなかった。また、かしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思しい、いともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんとおびただしく存在することだろう…。努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ。”
宝石のように輝きを失わないサン=テグジュペリの言葉は、人生において道を見失った時、故郷のような安心感を与えてくれる。

彼は人生の最後まで飛行機に乗り続けた。「ぼくは、死を軽んじることを大したことだとは思わない」
これは命の輝きを知り、極限の世界で生きた者だからこそ言える台詞だ。そして、この言葉通りサン=テグジュペリの生き様、死に様はとても彼らしい。
サン=テグジュペリは第2次大戦中、偵察のため単身ライトニング機で飛び立ったまま、地中海上で行方不明になり、2度と戻って来なかった。当時、サン=テグジュペリ行方不明のニュースに、敵方のドイツ軍も捜索を行ったという。まるで空に還っていったような、彼らしい最期だった。

1998年、地中海マルセイユ沖にあるリュウ島近くの海域で、サン=テグジュペリの名が刻まれたブレスレットが発見された。その後、2000年に同海域でサン=テグジュペリの偵察機の残骸が確認された。同年3月15日付『ラ・プロヴァンス』(電子版)に、元ドイツ軍戦闘機パイロットのホルスト・リッペルトがサン=テグジュペリの偵察機を撃墜したとする証言が公開された。彼自身もサン=テグジュペリ作品の愛読者だといい言い「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」と語っている。

別れを悲しむ“ぼく”に、「自分は自分の星に帰るのだから、きみは夜空を見上げて、その星のどれかの上で、自分が笑っていると想像すれば良い。そうすれば、君は星全部が笑っているように見えるはずだから」と語り、王子はヘビに噛まれて砂漠に倒れた。
翌日、王子の身体は跡形もなくなっていた。“ぼく”は王子が自分の星に帰れたのだと考え、夜空を見上げる。王子が笑っているのだろうと考えるときには、夜空は笑顔で満ちているように見えるのだが、万一王子が悲しんでいたらと考えると、夜空全体が涙でいっぱいになっているかのように“ぼく”には見えるのであった。
そんな「星の王子さま」の一節を思い出す。


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