本:多くを教えてくれる

憂鬱症のペンギンと暮らす、売れない小説家の物語

「ペンギンの憂鬱」

アンドレイ・クルコフ
沼野恭子・訳



 作者のアンドレイ・クルコフはウクライナのロシア語作家。1961年にロシアのレニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)に生まれ、3歳のときに家族でキエフに移って以来ウクライナで暮らしている。1991年にソビエト連邦が崩壊し、独立したばかりでウクライナがまだ安定していない時期にこの物語は書かれている。エンターテイメントとしても十分楽しめる作品でありながら、背景には政治的な問題もあり、欧米では「きわめて社会性の高い風刺」「ポスト共産主義時代の悲喜劇」と評され国際的なベストセラーになった。
 物語の舞台もソビエト連邦が崩壊した1990年代のウクライナの首都キエフ。
主人公はヴィクトルという売れない短篇小説家。作品を執筆して出版社に持って行ってもなかなか採用されない。ヴィクトルはソ連崩壊後、動物たちにエサをやれなくなった動物園が欲しい人に譲るというので皇帝ペンギンを貰い受け、ミーシャと名づけて一緒に暮らしている。ミーシャを貰う一週間前に、ガールフレンドが出ていったばかりだった。ペンギンは群れで暮らす生き物だが、ミーシャは群れから離され孤独を背負っている。今ではヴィクトルとミーシャの孤独がふたつ補いあって、友情というより互いを頼りあう感じになっている。
 そんなヴィクトルに追悼文を書く仕事の依頼が来る。その出版社では、追悼文のことを<十字架>と呼んでおり、ヴィクトルは渡された情報を元に<十字架>を書くのだ。ヴィクトルの追悼記事は好評で、新しい依頼が次々と来るようになり、仕事は軌道に乗る。しかしヴィクトルは、自分が追悼記事を書いた人間が本当に死んでいることに気づく。どうやら彼の書いた原稿は、何者かが次に殺す人物を決定するために使われているらしいのだ。そしてその背景には、政界とマフィアとがからむ抗争と陰謀が絡んでいる気配がある。
ヴィクトルは不穏な気配を感じながらもお金のために<十字架>を書き続けるが、彼の生活にも奇妙な変化が起こるようになる。見知らぬ人間から追悼記事の依頼があったり、夜中に鍵がかかっているはずの玄関から誰かが侵入して家の中に荷物や伝言を置いていったり、知人の“ペンギンじゃないミーシャ”から4歳の娘ソーニャを預けられたり。
さすがに身の危険を感じ、友人から紹介された別荘に移り住んだヴィクトルは、そこで雇った20歳のベビーシッター・ニーナ、ソーニャ、ペンギンのミーシャと疑似家族のような暮らしを始める。<十字架>を書いて暮らすだけの一見平穏な日々だが、それも長くは続かない。<十字架>の仕事が終わったと告げられたヴィクトルに、謎の組織の手が伸びてくる。知らない間に政治的闘争に巻き込まれていたヴィクトルは、自分の追悼記事が準備されていることを知る…。
 憂鬱症のペンギンと暮らすというユニークな設定、平和主義者がいつのまにか犯罪組織に関わってしまうというストーリーにロシア風ブラック・ジョークがミックスされていて面白く、どんどん読み進めることが出来た。
憂鬱症のペンギンって、どんな風なのか不思議に思ったが、“夜中、不眠に悩むペンギンのぺたぺた歩く足音が、浅い眠りを通して聞こえてくる。ドアはどれも開けっ放しにしてあり、ペンギンは部屋中歩きまわっては、ときどき立ち止まる。人生にも自分自身にも疲れた老人のように深い溜め息をついているんじゃないか、と思うことがあった”という描写でミーシャの状態が表現されている。なぜペンギンが登場するのか、というのも不思議だが、訳者あとがきによると「ペンギンのシーンは、捕らわれの動物園から解放されたものの、本来仲間たちといるべき南極にいるのでもない―その宙ぶらりんの環境がヴィクトルの置かれた状況そのものを象徴的、寓意的にあらわしているのだろう。」とあり、社会主義体制から資本主義へと激動の渦に巻き込まれたウクライナの人たちが置かれた絶望的な状況を告発するという側面もあるらしい。
 物語の中でミーシャとヴィクトルは互いに孤独で、どこか浮世離れしている。深刻な事態でも、ミーシャが廊下をぺたぺたと歩き、鏡に映る自分の姿をじっと見つめていたり、氷を入れたバスタブで嬉しそうに泳いだり、仕事中のヴィクトルの膝に自分の体を押し付けてその顔をのっけてみたり、そんな仕草に和まされる。
ヴィクトルは擬似家族の中でなんとか愛情や幸福を見つけようとするが、擬似家族との暮らしが心の隙間を埋めることはない。自分に何も強制せず、それでいて自分を必要としている存在、唯一の理解者はペンギンのミーシャだけ。ヴィクトルは、ミーシャと静かな生活をしていた頃に郷愁を感じるようになる。そして、「この人生、なんだかしっくりこない」と気づく。穏やかで抑圧されない生活が好きなヴィクトルは、人と暮らすことにも愛することにも不器用。憂鬱症のミーシャは、そんなヴィクトルのもう一つの姿なのだ。
 表面上はペンギンのいる生活を淡々と描いているが、物語のバックグラウンドには政治的な抗争がある。対立する国家安全グループ、政治家、警察、マフィアは争いを繰り返し、それがラストで印象的な展開に繋がっていく。
物語の後半、ミーシャは身体が白黒なので葬式向きという理由で大人気になりレンタルもされるようになる。しかし、雨の葬式に参列してインフルエンザにかかってしまい、病院でミーシャの心臓は移植しないと持たないほど重篤な状態だと分かる。
それまで気づかないふりをしていた物事が急速に悪化していることを思い知らされたヴィクトルが選んだ結末はいろんな意味で衝撃的。ラストの3行にとにかくビックリ。読後も(結局あれはどういう意味なのか…)と考え込んでしまう。
読者からミーシャのその後が知りたい!という要望が殺到したらしく、続編も書かれているが残念ながら日本では翻訳されていない。ミーシャとヴィクトルの結末を見届けるためにも、ぜひ続編を出版して欲しい作品だ。
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