本:多くを教えてくれる

“性”の既成概念を覆す問題作

「親指Pの修業時代」

松浦理英子



 作者の松浦理英子は1958年、愛媛県松山市生まれ。父親の仕事の関係で幼少期を四国の各地で過ごし、中学生の時に香川県丸亀市に移る。丸亀西中学校から大手前高校を経て、青山学院大学文学部仏文科を卒業。
10代よりマルキ・ド・サド、ジャン・ジュネなどを愛読し、仏文科を志望したのもジュネを原語で読むためだったという。大学在学中の1978年「葬儀の日」で文學界新人賞を受賞。その後2度芥川賞の候補になり、1987年「ナチュラル・ウーマン」が中上健次の絶賛を受け注目された。デビュー以来“性”をテーマに描いてきた松浦理英子の作品の中でも話題となり、ベストセラーになった作品が「親指Pの修業時代」である。「親指Pの修業時代」は1993年に上下巻で刊行され、1994年の女流文学賞を受賞している。
 物語の主人公は、大学を休学して親友と恋愛ビジネスの会社を経営していた真野一実。しかし、共同経営者だった親友・遥子が突然自殺をしてしまったため会社経営から退く。遥子の四十九日が過ぎた翌日の午後、眠りから目覚めると彼女の右足の親指がペニス(以下P)になっていた。一実のPに排泄機能はない。ただし、刺激を与えれば性的な反応をする。恋人の正夫(まさお)は、一実の親指Pを気持ち悪がって触れようともせず、あげくの果てに酔って親指Pをカッターで切断しようとする。正夫の部屋から靴も履かず逃げ出した一実をかくまってくれたのは、正夫の近所に住む盲目のピアニスト春志(しゅんじ)だった。性に関しても愛に関しても、また人生に関しても非常に自由な感覚を持っている春志に惹かれ、一実は春志と婚約する。
やがて一実は自分のような特異体質の人たちに出会いたいという気持ちから、性の見せ物集団『フラワーショー』の一座に参加する。一実はアブノーマルな性を持つ人たちと接するなかで、性について、恋愛について、友情について、様々な疑問を持ちつつ成長していくのだった。
 あまりにも荒唐無稽な設定なので最初はイロモノ的な小説かと思ったが、主人公の一実が不条理な状況下で淡々と過ごす様子が細やかに描かれているので自然に物語の世界に引き込まれた。一実は“気のふれた王様と女王様の間に生まれて、大臣や召使いたちに大事に世話をされ、奇跡的に無垢に育ったお姫さま”のような女性である。恋愛や結婚についても深く考えず、誰にも執着せず、与えられる好意を受けるだけ。恋人が浮気をしても諦めるし、去っていく親友も追わない。周りの人がなぜ愛情を強く求めたり嫉妬をするのか理解できない。
一実は親指がPになることで、自分の恋愛感がテレビや映画や読み物などの情報にいかに影響されていたか、という事実に気づかされる。そして初めて春志を特別な存在として選んだとき、一実は恐怖を覚える。それは、選ぶためには何かを捨てなければならず、しかし、選んだ相手との関係が永遠に続くとは限らないことに気づいたからだ。そして一実はかつて彼女の好意の表現に満足しなかった遥子や正夫が求めていたものこそ、その特別な関係だったことにようやく気づく。
 「親指Pの修業時代」には多くのセクシュアル・マイノリティが登場するが、 日本文学でセクシュアル・マイノリティを描いた作家というと、まず三島由紀夫や谷崎潤一郎、川端康成らが浮かぶ。彼らの作品はもちろん名作だが、発表された時代には性に関する表現に限界があり、読者の想像に委ねる表現も多かった。そこに文学的情緒や格調の高さもあったのだが、本作の場合はそうした純文学とは少し性質の異なった面がある。
本人の解説によると、この小説は「性器結合主義批判」のために書かれたものであるという。作者は、この物語で性器結合のみにとらわれた快楽の形、愛の形というものは馬鹿げているのではないかという問題を提起しているのだ。
ジェンダーフリーという言葉がかなり一般的に使われるようになり、昔に比べると性や生き方の多様化に対する人々の理解も随分進んだように思えるが、それでも性器の結合にのみ快感があると考える人(特に男性)は多いだろう。性器結合主義に異議を唱える作者の主張は、登場人物の台詞や文章に反映されており、作中に登場する正夫は男根主義の象徴、春志は男根主義の否定という関係性で描かれている。見世物一座『フラワーショー』の人々についてはグロテスクな表現もあるが、性の多様性や考え方の違いを表現するために重要な人物たちであり、彼らの生き方を読むと、決して“特別”な存在ではない事が分かる。
作者はいたずらにエロティックな表現で読者の注目を集める事は決してせず、淡々と性の多様性を描いている。大切なのは、性的な行為は他者との関係の築き方、生き方や価値観にまで影響を及ぼしているということを皆が認識する事なのだ。
マイノリティに対する差別や偏見というのは性的な事柄に限らないし、根深い問題でもある。“自由”は尊重されるべきだが“やりたい放題”していいという訳ではない。そこの線引きというのは非常にデリケートで難しい問題だなぁ、と考えさせられた。
 物語の終わりには感動的な場面も用意されているので、読後感は意外にもスッキリしているが、主人公の荒唐無稽とも思える物語を読むと、それまで自分が何の疑問も持っていなかった事を以前とは全く違う視点で見直すことが出来る。
「親指Pの修業時代」は、性の多様性を表現することで、読者の既成概念に疑問を投じた。この作品が発表されたのは四半世紀も前のことなのに、決して古くさい主張に感じられない。ということは、日本の“性”文化はあまり進化していないのだろうか。そういう考察をする場合の元本という意味でも、本書は貴重な物語だと言えるだろう。
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