本:多くを教えてくれる

読み出したら止まらない息詰まるミステリー

「レベッカ」

ダフニ・デュ・モーリア(1907~1989)



 ゴシックロマンの古典と言われ、日本では1938年に刊行された「レベッカ」。
この物語の語り手は主人公である“わたし”だが、物語の中で“わたし”の名前は最後まで分からないままである。 貧しく身寄りのない“わたし”は、お金持ちの老婦人の付き添いをしていた。彼女は老婦人とモナコに滞在中マキシム・ドゥ・ウィンターと恋に落ち、わずか数日後には結婚することになる。マキシムは有名なマンダレーの領主であり、前妻レベッカを一年前にヨット事故で亡くしたばかりだった。新婚旅行の後、マキシムの所有する大邸宅マンダレーで二人の新生活が始まる。
 しかし、使用人が大勢いる大きなお屋敷での生活に“わたし”は戸惑うばかり。しかも屋敷には美しく完璧だった前妻レベッカの存在が根強く残っていた。美しく社交的で、全てにおいて輝いていたレベッカを今も皆が慕っている。何をしてもレベッカと比べられ、レベッカ様はこういうやり方だった、と言われる日々が“わたし”を苦しめる。 さらにレベッカの話題を必要以上に避けるマキシム。マキシムはまだレベッカを愛しているのだと思い込んだ“わたし”はレベッカの存在に怯え、夫マキシムとも距離が生まれてしまう。居場所を失い精神的に追い詰められていく中、ある日海底に沈んだヨットの中から1つの遺体が見つかる。はたしてこの遺体によって明らかになる真相とは?マキシムと“わたし”の運命は…?
 この物語は広大な敷地と美しい庭園で知られるマンダレーが丁寧に描かれており、その世界に読者も入り込んでいく。そして、やはり強烈に印象を残すのは一度も姿を現さないレベッカの存在感だ。マンダレーの屋敷は、ある意味レベッカを象徴している。死んでも圧倒的な存在感を放ち続けるレベッカ。彼女は幽霊になって現れるわけではないし、回想シーンに登場するわけでもない。それなのに屋敷にはずっと彼女の気配が漂っている。まるで“わたし”をどこからか見つめているような怖さ。誰もいない部屋のカーテンが揺れると、レベッカがそこにいるように思えてゾクゾクした肌寒さを感じてしまうのだ。
 もともと地味な性格の“わたし”は、ことあるごとにレベッカと比較され悩む。中でも家政婦頭のダンヴァーズ夫人はレベッカを誰よりも敬愛していたので、貧しい身分出身で何もできない“わたし”に敵意を抱いている。
引っ込み思案で写生や読書が好きな “わたし”は女学生のように初々しい。そんな“わたし”は瑞々しく繊細な青い花に例えられる。一方、レベッカを象徴するのは圧倒されるほど毒々しい真っ赤なシャクナゲ。全く異なるタイプの2人だが、そんな“わたし”が物語の中で成長し、逞しくなっていく姿も魅力的に描かれている。
歳の離れたマキシムに愛されているか不安に想う気持ち、レベッカの影やダンヴァーズ夫人に追い詰められる恐怖、そんな“わたし”の内面が丁寧に描かれているので、読者もだんだん彼女と同化するような感覚を覚えるのだ。
 前半は新しい環境に順応できない主人公の不安と不穏な空気が描かれ、下巻では怒涛の展開が巻き起こる。物語が逆転し、前半に張られていた伏線が思いもよらない形で回収される。前半の形の見えない不穏な空気が一転、物語はサスペンスの様相を呈する。真相が明らかになるにつれて“わたし”の見ていた世界が一変し、その後も二転三転する展開は、活字を追うのももどかしい程の面白さだ。
そして、意外なほどあっさり終わるラスト。このラストこそ作者の真骨頂と言えるだろう。「ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た。」という有名な書き出しも、本書を最後まで読むと、その意味が明確になる仕掛けだ。
 作者のダフニ・デュ・モーリアはロンドン生まれ。祖父は人気画家で、父親は作家で俳優、母は舞台女優という芸術一家で育つ。残された写真を見るとかなり美人だったようだが、本人は社交的な場を嫌い、自然に囲まれた静かな田園生活を好んだという。一説には“わたし”は作者の姿が投影されており、レベッカはそんな作者が憧れる女性像ではないかと言われているが、確かにレベッカも興味をそそられる女性である。
ちなみにレベッカとは、ヘブライ語の女性名「リベカ」が由来。リベカは旧約聖書の中でイサクの妻、ヤコブとエサウの母親の名前として登場しており、「魅惑する者」「束縛する者」という意味があるそうである。
また、本作はヒッチコックによって映画化されていることでも有名。ただし、映画は原作のストーリーを大幅に改変しているので、まず原作を読んでから映画を鑑賞すればストーリーの違いや自分のイメージと映画との違いなども楽しむことが出来る(ヒッチコックが原作を改変したのは当時のハリウッドの規定に引っかかるため変えざるを得なかったからだとか)。ちなみにヒッチコックの「鳥」もデュ・モーリアの短編(「林檎の木」収録)が原作である。
 ハラハラドキドキの展開は時の経つのを忘れる程の面白さ。古典でありながら今なお世界中に多くのファンがいるのも納得の名作である。イギリス文学が好きな人はもちろん、サスペンス好きの人にもおススメしたい1冊だ。
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