本:多くを教えてくれる

壮大にして奇想天外なブラック・コメディ

「窓から逃げた100歳老人」

    ヨナス・ヨナソン
柳瀬尚紀・訳



 2009年にスウェーデンで発売されて以来、世界で800万部以上売れたというベストセラー。
著者のヨナス・ヨナソンは、1961年スウェーデンのヴェクショー生まれ。大学卒業後、地方紙の記者となり、その後メディア・コンサルティングおよびテレビ番組制作会社を立ち上げ成功。メディア業界で20年以上活躍した後、会社など全てを手放し家族と共にスイスへ移り住む。この間にデビュー作となる本書を執筆したという。
この作品は2013年に「100歳の華麗なる冒険」というタイトルで映画化され、スウェーデンを代表するコメディー俳優ロバート・グスタフソン(当時40代後半)が25歳から100歳までの主人公を特殊メイクによって演じている。
 物語は老人ホームから一人の老人が失踪するところから始まる。
この日、市長や地元紙をはじめ、老人ホームのスタッフ、入居している老人たちなど大勢の人から盛大に100歳の誕生日をお祝いされるはずだった主人公アラン。しかし、彼は“自由にウォッカが飲めないお祝いなんてまっぴらごめん!”という理由で、誕生パーティーの式典が始まる1時間前にトイレのスリッパを履いたまま窓を乗り越えて逃走してしまう。
もちろん出来心だから何の計画もない。バスの駅まで行って、とにかく一番早く出発するバスに乗ろうとする。待合室には大きなスーツケースを持った若い男がいて、トイレに入ろうとしていた。若者は、アランにそのトランクを見ていてくれるように頼む。しかし、アランはそのトランクを持ったままバスに乗ってしまう。
 トランクがなくなったことに驚いた若い男は、旅行案内所の職員を脅迫し、アランがどのバスに乗ったかを突き止める。そして、戻って来たバスを乗っ取り、運転手にアランの降りた場所に行くように命じる。実は若い男は犯罪組織『一獄一会』のメンバーであり、スーツケースのなかには組織が取引で得た5000万クローナという大金が入っていた。若い男が持っていた金は、マフィアのボスがロシアとの取引のために準備し、テロリスト・グループに運搬を頼んだものだったのだ。
何も知らないアランが降りた先は廃線になった駅の近く。偶然知り合った70歳の泥棒ユリウスのところで世話になっていると、例の若い男がスーツケースを取り返しにやってくる。しかし、2人は男をまんまと冷蔵室に閉じ込め、あまりにも騒ぐので頭を冷やしてやろうと冷却ファンのスイッチを入れたまま、うっかりスイッチを切り忘れ、男は凍死してしまう。しかし彼らは死体をアフリカ行き貨物船の積み荷の中に放り込み、特に気に留めることもなく旅を続ける。
 100歳の老人が行方不明になったことで、老人ホームも大騒ぎになり、市長自らが指揮をする捜査が始まる。当初は誘拐事件として捜査を続けていたのだが、目撃証言などからアランは殺人犯として追跡されることに。ところが、出たとこ勝負で怖い物なしのアランの行動は、あまりにも行き当たりばったりなので、追いかける方は戸惑うばかり。逃亡の途中で出会い、逃避行に加わる仲間も、自称元万年学生の移動軽食車オーナーのベニーや、農婦グニラ、サーカスから逃げ出した象のソニア(グニラのペット)など変人ばかり。その一方で追っ手もどんどん増えていき、行く先々で大騒動を巻き起こしながらハラハラドキドキの追跡劇が展開する。
 最大のピンチをサラリと切り抜けていくアランだが、その方法は大半が成り行きまかせ。もう駄目かも…と思っていると奇跡が起きて切り抜けられるという悪運の強さ。
それもそのはず、幼い頃から独学で爆発物の知識を身につけるというアブナイ子供だったアランは、爆弾のエキスパートとして世界中を飛び回り、フランコ将軍やトルーマン、スターリン、毛沢東、金正日、毛沢東、ド・ゴール、リンドン・ジョンソンら各国要人と渡り合い、何度も修羅場をくぐり抜けながら生き延びてきた恐るべき老人だったのだ。
警察やギャングの包囲網が狭まっていく中、果たしてアランたちの旅の行方は…。
 まず、100歳になったアランが脱走し、色々な人と出会う“現在”と、誕生から老人ホームに入るまでの“100年間”を交互に描くことで、退屈している暇がない構成になっている。
予想外の展開にハラハラドキドキ、一体ラストはどうなるのだろうと期待しながら、あっという間に読み終えてしまった。奇想天外の展開、随所で炸裂する爆弾、毒のあるギャグなど、さりげなくブラックなのもいい。
“ご長寿”や“好々爺”といったイメージからはほど遠いアランだが、彼が5000万クローナの大金に執着することは一度もない。物事に執着しないアランは、ベッドがあり、食べるものがあり、何かすることがあり、一杯のウォッカがあればそれで充分なのだ。実に大らかでシンプルなアランの生きざまに、いつしか好意を抱いてしまう。
アランの座右の銘は母が遺した言葉、「考えるな、実行しろ」。その言葉通り、難しいことは考えず自分の好きなことだけ(それが“爆破”だというのが問題だが…)やって我が道をゆくアラン。悠々と生きているアランの背後では、いつもトラブルが続出しているのだが、本人はそんなことなど全く意に介していない。
しかし、破天荒ではあるが、どんな主義にも迎合せず、どんな危機に陥っても変わらない。アランのように嘘も秘密もなく生きることが出来たらどんなに愉快だろう。
 翻訳者による後書きにも「出鱈目小説」と紹介されているように、壮大な作り話を楽しめる本作は、矛盾点やアラ探しなど不粋なことをせず、素直に笑って楽しんだ者勝ちだ。
ゆったりしているのか過激なのかよく分からないアランのファンキーな人生を読んでいると「歳を取るのも悪くないな」と思ってしまう。明るい気分になれる痛快ブラック・コメディだ。


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