本:多くを教えてくれる

現代日本の抱える闇をリアルに描いた問題作

「最貧困女子」

鈴木大介



 最近はテレビ番組や雑誌などで、仕事には就いているが低賃金で生活保護の水準以下の収入しか得られないワーキングプア問題や、シングルマザーの貧困問題が頻繁に取り上げられるようになり、社会的な関心も高くなっている。
しかし、それ以上に悲惨な生活を送っている者がいる。「最貧困女子」は、そうした悲惨極まりない状況に置かれている女性たちを取り上げたルポタージュである。彼女たちに共通しているのは「家族・地域・社会保障制度」この三つの縁すべてから切り離されてしまっていることだという。頼るべき家族がなく、友人や地域とのつながりもない。社会保障も受けられない。一切の繋がりを絶たれ、精神的にも苦しい状況に置かれている。
私もこのルポを読むまでは(所得が低くても充実した生活を送っている人はたくさん居る。いくら最貧困と言っても、日本にはいろんな保護制度もあるし、本人が甘えているだけじゃないのか?)と思っていた。しかし、彼女たちが抱えている問題の深さは自己責任で済まされるような単純なものではないということが分かった。“貧乏”と“貧困”が全く別物だということも初めて知った。
 “最貧困女子”と呼ばれる彼女たちは、上記の「三つの無縁」(家族の無縁、地域の無縁、制度の無縁)に加え、さらに「3つの障害」(精神障害、発達障害、知的障害)を持っている場合が多いという。
また、彼女たちのほとんどがネグレクト、虐待、知的障害を抱える母親に育てられるなど、悲惨な生い立ちを抱えて劣悪な環境で育ち、まともな教育も愛情も受けていないことだ。さらに学校でのいじめや、それに気づいても何もしない社会制度によって、彼女たちは誰からも救いの手を差し伸べられないまま成長する。親の暴力や育児放棄が酷く、少女時代に家出をした子もたくさんいるという。しかし、未成年の家出少女を雇ってくれるような所はない。寝泊まりする場所や食べ物に困窮した彼女たちは、最終的に風俗業界でどうにか生計を立てるようになるという。
しかし、現実はさらに過酷だ。最貧困女子たちは「可愛くなくて、頭も良くなくて、メンヘラ(精神疾患・精神障害を持つ人という意味のネットスラング)で、面倒くさい」(本文より)ため、普通の会話が成り立たない。粗野で攻撃的、コミュニケーションにも問題があるため風俗業界からも弾かれ、あるいは自分から社会との縁を断ち切ってしまう。彼女たちは、こうした障害ゆえに出合い系サイトなどで身体を売るしかないのだ。
 つまり“最貧困女子”というのは、可愛くなくて、肥満で(子供の頃に好むハイカロリー食を脱出できず、食生活も子供のまま大人になってしまうため肥満になることが多いらしい)、会話も困難な場合があり、公的機関のサービスを利用しようにもその書類が読めず、子供のときから虐待やネグレクトを受けているので情緒不安定で粗暴、風俗経験がある場合、普通の仕事に就いても割が合わなくて続かないし、待ち合わせすら普通にできない。
何と言うか、もう本当に圧倒的に救いようのない存在なのである。そして、彼女たちはこの瞬間も救いの手を差し伸べられず、絶望の中で生きているという現実。そんな“最貧困女子”たちが子供を産むことで最貧困の連鎖が続いている。
 貧乏でも、周囲の人たちと上手くコミュニケーションを取れる人は助け合って暮らしていける。障害があっても、きちんとした家族がいれば適切な療育を受けることができる。しかし、“最貧困女子”たちは、救いの手を見つける力もそれを握る気力も無い。そして、外見的にも性格的にも「助けたい」と思わせるものを何ひとつ持っていない。世の中は不平等で努力だけではどうしようもないという現実を突きつけられ、暗澹とした気持ちになる。
 著者はあとがきでこう書いている。
「助けて下さいと言える人と言えない人、助けたくなるような見た目の人とそうでない人、抱えている痛みは同じでも、後者の痛みは放置される。これが、最大の残酷だと僕は思う。(中略)何も与えられず、何にも恵まれず、孤独と苦しさだけを抱えた彼女らは、社会からゴミ屑を見るような視線を投げかけられる。もう、こんな残酷には耐えられない。(中略)少なくとも本書を読んでいただくことで、見えづらい痛みを抱えた女性の痛みがちょっと見える「可視化フィルター」が読者の目に育つかもしれない。あれ?これ放っておいたらまずいんじゃない?そんなことを少しでも思ってくださる読者がいれば幸甚だ。」
社会的弱者への援助は必要か?という問いに「必要ない」と答える人の割合が世界的に見ても圧倒的に多いのは日本人だという。本来、世の中は助け合いで成り立っている部分も大きいはずだ。優しさ、思いやりのかけらもない世の中に本当の幸せがあるとは思えない。終身雇用モデルが崩壊して以降、貧困の問題は男性にも降りかかってきている。これから先、もっと様々な問題が表面化してくるかもしれないと考えると、このままじゃいけないと強く思う。
 本人の自己責任や行政・政治家に責任を押し付けるのは簡単だ。しかし、この問題を掘り下げて考えれば考えるほど、そう簡単に解決策が見つかるとは思えない。重要なのは、まず虐待・貧困の連鎖をなくすこと。虐待されている子供の救済・保護のためのシステム、本当に本人のためになる福祉のあり方を官民の隔たりなく早急に見直すことが必要なのではないだろうか。
本書で取材対象となった女性たちに、ささやかでも安心できる居場所が見つけかっていることを願うばかりである。


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