本:多くを教えてくれる

目に見えない“心”の奥底を探る旅

「サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて」

田口ランディ



 田口ランディは、1959年東京生まれ。当時まだ新しいメディアだったメルマガで書いていた文章が注目され2000年6月「コンセント」で作家デビュー。その後も独自の世界を確立し、多方面で精力的に活動している。
“ランディ”というのは英語のスラングで“荒くれ者”“すけべな奴”という意味らしい。本人いわく「こんな変な名前を名乗っている限り偉そうでまともな人間にはなれないだろう」という自戒の意味を込めて使っているとのことである。
 直木賞候補になり2002年に映画も公開された「コンセント」は、兄の腐乱死体を目の当たりにした主人公の物語で、当時、私も興味があったので読んだ記憶がある。扱っているテーマは衝撃的だったが、後半の展開に共感できず、また、自分の興味が全く違う方面へ移ってしまったこともあり、それ以降は彼女の作品を読んでいなかった。
ところが、少し前に偶然お兄さんの餓死の件はほぼ実話だということを知り(ファンの間では周知の事実らしい)再び田口ランディという人物と作品に興味を持った。
 「サンカーラ」はアルコール依存症でDVだった父、無職で家族から疎まれ10年間引きこもった末に40代で餓死を選んだ兄、そのせいで深刻な神経症になってしまった母、義父母の入院と看取りという個人的な体験と、東日本大震災や原発、広島の原爆、水俣のことなど社会的な問題が交錯するように綴られている。
全編を通して共通しているのは、幼少の頃からお酒を飲んで荒れ狂う父親に振り回され、苦しんできた著者が“暴力”というものに非常に敏感に反応していることだ。この場合の“暴力”は人に乱暴されるという意味だけでなく、自然災害や戦争、公害など突如襲いかかる理不尽で強大な力すべてを意味している。
 田口ランディは多くの場所を旅しているが、それも暴力と関係している場所が多い。カンボジアの地雷原、キリングフィールド、アウシュビッツ、チェルノブイリ、グラウンド・ゼロ…。
それを本人は『私は暴力に興味があるのだ。犯罪被害者は、心にひどい傷を受けたために、その傷を乗り越えようとする無意識の衝動から同じ被害に遭いやすい(場合がある)。それと似ているかもしれない。子ども時代に暴力を目の当たりにしてきた私は、それを乗り越えるために暴力を求めているのかもしれない。無意識に…。』と書いている。
彼女は世界中を旅し、いろんな人と交流しながら、同時に父親の事、兄の事という自らの過去に納得できる答えを探し続けているのだろう。
 本文中に父親について語った一文がある。
『終戦後に父はたいへん荒れて、愚連隊のような仲間とつるんで飲み歩いて、喧嘩して、手がつけられなかったという。仕事も続かず、母が旅館の仲居をしながら家計を支えてきた。父はいったいなにを見て、なにを体験したのだろうか。語られることがなかった父の戦争に、私たち家族が被爆し続けてきたのだろうか』
また、兄についてもこう記している。
『兄がこの世から消えたとき、私は心底ほっとした。兄と父の関係はもつれにもつれて最悪の状態だった。何度も警察を呼ぶような大げんかをし、お互いを傷つけ合い、このまま一緒に住んでいたら必ずどちらかがどちらかを殺すに違いないと思われたのだ。二人の人間の生死をかけたような緊張状態に、耐えられなかったのだと思う。』
しかし、兄の四十九日が終わったころから著者に罪悪感が芽生え始める。いったい兄のどこがそんなに悪かったのか、働かない兄をみんなで責めてきた。だが、それは正しかったのか、と。
兄が死んだとき自分の正しさに根拠がないこと、自分が間違っていたことに気づいたという著者は、それからずっと罪悪感に苛まされながら考え続けている。
津波の映像を見たとき、著者は『不条理な暴力にあっけなく呑み込まれた街を見て、ああ、そうだった。このようなことがあるということを忘れていた。世界はこのように理不尽だったのだ』と再確認し、高熱を出して寝込んでしまったという。
 田口ランディは、自分の内側と外側の両方で人の生と性、暴力の連鎖、死について考え続け、「サンカーラ」に行きついたのだろう。「サンカーラ」とは、仏典で諸行無常の“諸行”をさす言葉だ。座禅や瞑想を始め「心の救い」「苦しみ」「怒り」「不安」「望み」などについて心の中で対話した彼女は『人生こそ信じるに値する唯一のものであること。私は誰であるかを教えてくれるのは、私の人生だけなのだ』ということに気づく。
子どもの頃の辛い体験も、自然災害で被災した人々に対する思いも、心に蓋をしてやり過ごすことは出来る。日常の忙しさを理由に自分を正当化することは簡単だ。でも、心の底には傷ついたままの自分や罪悪感が静かに沈殿しているのかもしれない。そのことに気づいてしまったとき、人はどうなるのか…。そんな、人の一番触れられたくない部分を容赦なく暴き出すような本作には考えさせられる事がたくさんあった。
 『わたしにとって人生は意識で克服すべきものでした。努力し、計画し、その結果として思い通りの人生を生きることがよいことだと信じていました。でも、そうではないのかもしれない…と、思い始め、人生観そのものがゆらぎ、混乱しながら送った震災後の日々を再構成したのがこの小説です』(新潮社「波」刊行記念インタビュー)
“心を救う”ことの意味を探す田口ランディの旅はこれからも続くのだろう。彼女は最期にどんな答えを見つけるのか、どこに行き着くのか。これからも田口ランディという作家が発信するメッセージに注目していきたいと思った。
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