本:多くを教えてくれる

動物行動学者が残した優しくシンプルなメッセージ

「世界を、こんなふうに見てごらん」

日髙敏隆



 著者の日髙敏隆氏は、日本の動物行動学の草分け的存在で、動物や昆虫に関する多くの著書や翻訳書を残した人物。本書は、2009年11月に肺がんで逝去した日髙氏が、この世を去る直前まで雑誌に連載していた文章をまとめたものである。 といっても、動物や昆虫の生態について専門的に述べたものではなく、日髙氏が長年の研究を通じて感じた“人間”という生き物についての考察や、生き方のアドバイスが中心である。
 子どもの頃から虫が大好きだったという日髙氏は、小学生の時、犬の死骸に寄って来る虫を夢中で観察していたという。手頃な死骸を見つけると、段ボールなどをかぶせてカラスや近所の人が気づくのを防ぎ、そろそろ虫が食べ始めたな、というタイミングになると、人がいない時を見計らって虫の行動を毎日観察する。骨と皮に虫がいなくなってしまうまでそれを続けたという。観察している所を巡回中の警官に見つかり、不審に思われて連行されたこともあったそうだ。 興味が高まりすぎて、シデムシ(動物の死体や死体で繁殖するハエの幼虫を餌にする甲虫)を飼育しようと思ったこともあるが、そのためには腐った肉を用意しなければならず、父親にさんざん怒られ、またやったら家を追い出すぞと言われながら何度もやったという。本人も『どう見てもやはり変な子どもだったということは確かだろう。今もこんなに変わっているのは無理もないと思う』と振り返っている。
  日髙氏をここまで駆り立てたのは、「虫が好き」という純粋な理由と好奇心だろう。そして、彼はその純粋さを生涯持ち続けた。様々な生き物の生態を研究していた日髙氏は、科学万能主義的な考え方、理論一辺倒の考え方を疑問視し続けた。そして、私たちが現実だと思っている世界もイリュージョンにすぎないと主張している。 『日本はドイツ哲学の流れが強いのか、しばしば、人間は真実を追求する存在だといわれるが、むしろ真実ではないこと、つまりある種のまぼろしを真実だと思い込む存在だという方が当たっているのではないか。まぼろしをまぼろしではないと思い込んでしまったものがイリュージョン。そう定義すると、人間はほとんどイリュージョンだけで世界をつくっていることが見えてくる。(中略)真理があると思っているよりは、みなイリュージョンなのだと思い、そのつもりで世界を眺めてごらんなさい。世界とは、案外、どうにでもなるものだ』『人間の認識する世界はそういうものだと受けとめるいいかげんさがないと、逆に人間はおかしくなるのではないか。かたわらにいつも、これはイリュージョンだという悟性を持つこと。ゆらぎながら、引き裂かれながら、おおいにイリュージョンの世界を楽しめばいいと思うけれど、結局はさじかげんなのだと思う』と述べている。
  また、生物はそれぞれの知覚的な枠のもとに構築される環世界の中で生きている、という話も象徴的だ。例えば、ダニにとっての世界は、光と酪酸のにおい、そして温度感覚、触覚のみで構成されている。ダニのいるところには森があり、風が吹いたり、鳥がさえずったりしているかもしれないが、その環境のほとんどはダニにとって意味をもたないそうだ。チョウは紫外線を可視化でき、それでオスはメスを見分けている(紫外線を通すフィルターをカメラにつけて撮ると、メスは真っ白、オスは真っ黒に写る)ことが実験で分かったが、チョウの見ている世界を人間が正確に知ることはできない。同じ環境の中にいても、生き物によって見える世界は全く違っているのだ。 これは虫や動物だけでなく、人間にも言えることだろう。人間は自分の脳のイリュージョンを生きている。ということは、10人の人間が同じ物を見れば10通りの世界が見えるということだ。それぞれのイリュージョンを通しているのなら、その世界を正しい・正しくないと判断することは誰にも出来ない。世界がどんな風に見えているかはその人次第なのだ。もし、今の世の中が不安や憂鬱に満ちているとしたら、それは自分がそのようなイリュージョンをつくり出しているということなのだ。 この世界に「これは絶対に正しい」と断言できる答えは存在しない。今まで私たちが刷り込まれ、無意識に正しいと信じてきた価値観に対しても、自分なりに考え直してみれば少し楽に生きられるのかもしれない。人間関係も仕事も生き方も「こうすれば100%うまくいく」という方法はない。そう考えると、狭い思い込みの世界で悩んだり迷ったりしている自分がとてもちっぽけな存在だと気づかされる。 日髙氏も本書の中で『イリュージョンをだんだん変えていくと楽しいんじゃありませんか』『みなさんには新しいイリュージョンをつくっていくということを、どんどん楽しんでいただきたい』ということを繰り返し述べている。
  『どんなものの見方も相対化して考えてごらんなさい。科学もそのうちのひとつの見方として。自分の精神のよって立つところに、いっさい、これは絶対というところはないと思うと不安になるが、その不安の中で、もがきながら耐えることが、これから生きていくことになるのではないかとぼくは思う。(中略)それはとても不安だけれど、それでこそ、生きていくことが楽しくなるのではないだろうか』 日々の生活に追われ、心に余裕がなくなると考え方も凝り固まってしまう。そんな私たちに一つの考え方だけではなく、いろいろな角度から柔らかく考えてごらんと、優しく教えてくれる名著である。
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