本:多くを教えてくれる

現代人にも共感できる江戸時代のお金事情

「世間胸算用」

井原 西鶴



 「世間胸算用」(せけんむねさんよう)は、井原西鶴が元禄5年(1692年)に著した浮世草子である。英雄の妖怪退治や御伽草子などが主流だった時代に、市井の人々の日常生活(=浮世)を描いた浮世草子は斬新なスタイルだった。井原西鶴は小説というジャンルがない時代に、日本で初めてベストセラー小説を生み出した人物と言われている。
西鶴は1642年、大坂の裕福な商人の家に生まれた。15歳頃から俳諧に親しむようになり、西山宗因を中心とする談林派に入門して才能を開花させた。中でも一昼夜の間にできるだけ多くの句を作るという「矢数俳諧」で有名になった西鶴だが、この時期に妻が病にかかり25歳の若さで他界する。西鶴は残された3人の幼い子を抱え、今で言うシングルファーザーとしても奮闘していた。子どもの一人は盲目の娘だったと言われている。
その後、42歳で俳諧と決別し浮世草子作家へと転身した西鶴は、処女作「好色一代男」を発表。生涯に3742人の女性を愛したと豪語する主人公・世之介の奇想天外な一代記は何度も増版されるほど大ヒットした。それ以後も「好色五人女」「好色一代女」を刊行し庶民を楽しませた。 西鶴は毎年のように書肆(しょし:出版社兼印刷所兼書店)の求めで好色本を書き続ける一方、山形県から長崎県まで日本中の豪商を取材し、日本で最初の経済小説と言われる「日本永代蔵」を発表。これもベストセラーとなった。作家として大成功を収めた西鶴だったが、元禄5年(1692年)西鶴51歳の時に盲目の娘が亡くなる。その後、西鶴自身も病にかかり目も患っていたという。そんな中、自分にしか残せない作品を書こうと奮起した西鶴が選んだ題材は、貧しくても逞しく生きる無名の庶民たちだった。そうして「世間胸算用」は刊行された。しかし、翌年の元禄6年9月9日『浮世の月見過ごしにけり末(すえ)二年」』(人間の寿命はせいぜい五十年。それさえ自分には十二分なのに、あまりに楽しくて、うっかり二年余分に生きてしまった)と辞世の句を遺し、西鶴は大阪の錫屋町の草庵で52歳の生涯を終える。
晩年の西鶴が行き着いた境地は「哀れにも又おかし」という人間の姿だった。辛い現実の中でも人間は哀れさだけでなく、おかしみも必ずある。西鶴の作品には庶民に対する暖かい眼差しと、それをユーモアたっぷりに描くサービス精神が感じられる。現代まで西鶴人気が衰えないのは、こうした西鶴の魅力が普遍的なものだからだろう。明治以降、西鶴文学は再評価され、幸田露伴や尾崎紅葉、織田作之助など多くの作家に影響を与えた。
 大坂冬の陣から50年余り経って世の中が落ち着き、寺子屋や私塾の発達で町人たちの教育水準が高まったこの時代、書籍は庶民の娯楽だった。書肆は作家の“清刷り”を版下にして、彫師が製版を作り、刷師が刷り上げ和綴じ製本をして仕上げていた。書籍は一度の版で100〜200部程度しか生産できなかったため、出版にかかった初期投資を回収するために本の価格を高く設定し、貸本屋でその費用を回収するというシステムが構築されたのもこの時代だ。
 「世間胸算用」は「大晦日は一日千金」という副題が付けられているように、すべて大晦日を過ごす町人の様子を描いた物語約20話からなる。舞台の多くは京と大坂で、作品に登場するのは中産階級以下の名もない庶民たち。
現代の大晦日、正月はテレビを見て初詣に出かけるぐらいのものだが、江戸時代の大晦日は一年でも最大の収支決算日だった。江戸時代は掛け売り(今で言うツケ)が当たり前だったので、代金を取り立てる側と何とか大晦日を乗り切ろうとする側の攻防が繰り広げられたらしい。大晦日は人間の本性がむき出しになる悲喜こもごもの一日だったのだ。しかし、朝日が昇ればお正月(江戸の日付変更は日の出の刻)。無条件で借金の返済期間は半年延長される。このシステムは面白い。こうして大晦日に身代を持ち直す者もあれば一気に人々の信用を失って身代をなくす者もあった。西鶴はそんな庶民たちが引き起こす悲喜劇をユーモラスに描いている。
 興味深かったのは「つまりての夜市」という物語。つまりての夜市というのは、年を越しかねる町人たちのために大晦日の夜に開かれる競り市のこと。まだ仕上がっていない女の子用の晴れ着、鰤の片身、遊女が12月に書いた金を無心する内容の手紙が皿と皿との隔てに入れた反古紙として挟まれた南京焼きの刺身皿十枚など、持ち主の生活状況が窺えるものばかりが競りにかけられる様を描いているのだが、これは現代のネットオークションやフリーマーケットに通じるものがあるように感じられてならなかった。他にもお金持ちの奥さんは衣装や化粧にお金を浪費するようになって、まるでどこかの花魁かと思うようなけばけばしい格好をするようになるという話も現代と通じるものがあるし、現金がなくても買い物ができる掛け売りというシステムもクレジットカードと共通している。そう考えると「世間胸算用」は驚くほど違和感なく現代に置き換えることが出来るのだ。
 西鶴が生きた時代には、自分の才覚で生計をたてようとする商人が数多くいたという。しかし誰もが成功する訳ではない。大坂の町には商売に失敗した人々の貧乏長屋が立ち並んでいた。西鶴がこの作品で描こうとしたのは、そんな中間層以下の町人たちのリアルな姿だ。しかしお金に苦労し、不正な手段を使ってでも生き抜こうとする町人たちの物語は「哀れにも又おかし」い。登場人物たちは力強く、やりくり次第でどうにかなるというたくましい精神を持っている。絶望して自殺や心中を図るという物話は一つもない。300年以上も昔の物語だが、お金のやりくりに頭を悩ませながら大晦日を過ごす庶民たちの風景は、現代の私たちが読んでも共感する箇所がたくさんある。文明が発達し、どんなに生活スタイルが変わっても人間の本質は変わらないのかもしれない。西鶴は『人間は欲に手足のついたものぞかし』という句を詠んでいるが、まさにその通り。西鶴の観察眼、洞察力の凄さに改めて感心しつつ、読み物としても楽しめる年末年始におすすめの1冊である。

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