本:多くを教えてくれる
ヴォネガットにしか描けない奇妙で優しい世界

スローターハウス5」 カート・ヴォネガット
(1922〜2007)





本作は、ヴォネガットが第二次世界大戦時に捕虜として経験したドレスデン爆撃を題材にした小説であり、SFというスタイルを取りつつ、戦争という普遍的なテーマを半自伝的に語った作品である。ドレスデン爆撃は、イギリス軍とアメリカ軍が地上からナチスドイツを追いこんでいるソ連軍を助ける名目で行われた空爆で、被害者数は13万人と言われている。東京大空襲8万人。広島原爆7万人。被害者数で比較するのは好ましくないが、この数からも途方もない犠牲者が出たことが分かるだろう。ドレスデン爆撃についてヴォネガットは“史上最大最悪の爆撃”と書いている。本作によれば、地下壕の中の人たちも残らず死んでいたのだとか。
ちなみに「スローターハウス5」というのは、訳せば「屠殺場5号」、つまり捕虜となった主人公がナチスに連れていかれた収容先が「屠殺場」を改装した建物の「5号」だったということである。

しかし、この作品は怒りや悲しみ、戦争を繰り返すなという教訓を直線的に押し出した作品ではない。
戦争とは何なのか。それを、ヴォネガットは彼ならではの意外な手法で読み手に伝えようとしている。
本作は、まず第一章でこの作品を書くことになった経緯や、ヴォネガット自身の心情などの核心が語られる。第二章からはSF仕立てで時間と空間が頻繁に切り替わり、人物が登場すると真っ先にその人物が迎える結末が予告される。
この風変わりな物語の主人公ビリー・ピルグリムは、何の脈絡もなく時空をあちこち飛び回る“けいれん的時間旅行者”である。ビリーが次にどの時代へ行くかは、彼の理解を超えた力に支配されている。
ビリーは、自分の人生のあらゆる瞬間へタイムスリップする。幸せな結婚生活、自分を拉致した異星人のUFOの中、晩年、ドイツ軍の捕虜になったとき、そしてドレスデン爆撃とその後。彼は自分の過去も未来もどうやって死ぬかも知っている。そして何度も結婚し、何度も宇宙人に連れ去られ、何度も捕虜となり、何度も友達を殺され、何度も死ぬ。そんなビリーは、たとえ平和や自由の中で暮していても、常に知らぬ間に暗黒の過去の中に自分を置いてしまう。
彼はトラルファマドール星人(ヴォネガット作品ではおなじみ)に誘拐され、地球から4230億マイル離れたその星の動物園にポルノスターのモンタナと共に展示される。トラルファマドール星人は言う。「永遠を生きるには、良い時だけを見ることです」と。過去から未来にわたる全ての時間を同時に一望することができるトラルファマドール星人は、死と遭遇しても“死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ” と考える。ヴォガネットは作中でこう書いている。『いまでは、わたし自身、だれかが死んだという話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。彼らはこういう、“そういうものだ”。』

突拍子もない展開、トラルファマドール星人の不思議な世界観、現れては消える人々の要約された人生。時間が細かく分断され、しかも物事が時系列に進まないので、とりとめのない物語のように思えるが、やはり全ては紛れもなくあのドレスデン爆撃に続いている。

『この小説には、性格らしい性格を持つ人物はほとんど現われないし、劇的な対決も皆無に近い。というのは、ここに登場する人びとの大部分が病んでおり、また得体の知れぬ巨大な力に翻弄される無気力な人形にすぎないからである。いずれにせよ戦争とは、人びとから人間としての性格を奪うことなのだ。』
ヴォネガットは自らの戦争体験をこう書いている。そして、有名な「そういうものだ(So it goes.)」という言葉を作中で多用している。
何度体験しても過去や未来を変えられる訳ではなく、ただ受け入れるだけ。どの死の前にも為す術はない。達観あるいは諦念とも取れるこの言葉は、ドレスデン爆撃を体験したヴォネガットが、さまざまな思索を重ねた末に絞り出すように生み出した言葉なのだろう。

第1章の終りが印象的だ。
『人はふりかえってはいけないとされている。わたしも、二度とふりかえらないつもりだ。とにかく、わたしはこの戦争小説を書きあげた。つぎは楽しい小説を書こう。これは失敗作である。そうなることは最初からわかっていたのだ、なぜなら作者は塩の柱なのだから。それは、こう始まる―聞きたまえ―ビリー・ピルグリムは時間のなかに解き放たれた。そして、こう終わる―プーティーウィッ?』
旧約聖書の創世記によると、主は悪人が住むとされるソドムとゴモラを滅ぼすことを決め、その地から逃れる過程で、ロト達に振り返るなと命じた。ロトの妻も町のほうをふりかえるなと命ぜられていた。だが彼女はふりかえってしまった。彼女はそのために塩の柱に変えられた。
滅ぶのが明らかに罪人であると分かっていながら振り返らずにはいられなかったロトの妻を、
ヴォネガットは人間的であり、愛すべきだと述べているのだ。
人間の愚かさ、醜さを決して否定せず、「So it goes.」と受け入れるヴォネガットの優しさ。運命に抗うのではなく、変えられないことを潔く受け入れてこそ生きる力が湧いてくるのだと、彼はメッセージを送っているのだ。ヴォネガットのように世界に絶望し、ヴォネガットのように人間を愛した作家はいないだろう。ユーモラスな文体に押し隠されているけれど、この優しさが根底に流れているから彼の作品はとびきり素敵なのだ。

ヴォネガットは2007年4月11日、ニューヨーク市の自宅で転倒し、その時の打ち所が悪く急死した。
そんな死に方も、いかにもヴォネガットらしいと言うと、ファンに怒られるかもしれないが、彼は「だから言っただろう?So it goes.」なんて、どこかで微笑んでいるような気がしてならない。


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