本:多くを教えてくれる

1000年の時を超え読み継がれる古典の名作

「とりかへばや物語」

作者不詳



 平安時代から鎌倉時代にかけて流行した仮名文字による創作文学を物語文学という。その中でも平安時代後期の物語は王朝物語と呼ばれている。
「とりかへばや物語」は11世紀後期~12世紀の院政時代(平安時代後期)に成立した物語で作者不詳。
その後12世紀末期に改作されたものが現代に伝えられていると考えられている。
「とりかへばや」とは「取り替えたいなあ」と言う意味の古語である。
 関白左大臣には二人の子供がいた。快活で男性的な性格の姉と、内気で女性的な性格の弟。父親は二人を「取り替えたいなあ」と嘆いていた。この天性の性格のため、姉は若君として、弟は姫君として育てられる。やがて姉の才知や容貌が評判となり、それを聞きつけた天皇が出仕を迫る。父親は仕方なく姉に元服の儀を行い、姉は男として宮仕えすることとなった。世評はすこぶるよく、たちまち中納言に昇進し、ついには右大臣家の四の君と結婚することになった。
一方、弟の方も侍尚(ないしのかみ=皇后や妃などが住む宮中の奥御殿における事務方トップのような役職)として女東宮のもとに出仕する。弟は女東宮に親しく仕えるうちに男の本性に目覚めてしまう。女東宮も最初は驚くが、尚侍の人柄に惹かれ二人は関係を続ける。(※出世に従って呼び名が変わりまくるので、以降は男装姉君と女装若君と呼ぶ)
春の夜、中納言(男装姉君)の同僚である宰相中将は中納言邸を訪れ情熱の動くままに四の君をわがものとした。夫(男装姉君)の正体を知らず、名ばかりの妻の座に苦しんでいた四の君は、不安におののきながらも宰相中将と逢瀬を重ね妊娠してしまう。それを知らされた中納言は、四の君に男としての関係を持てないことを恥ずかしく残念に思う。
それからしばらく経った夏の暑い日、中納言(男装姉君)が屋敷でくつろいでいると、宰相中将が訪れる。
宰相中将は薄い服から見え隠れする肌の白さや美しい顔立ちに、思わず中納言を手籠めにしてしまう。その際、中納言が女性であると気づき驚くのだった。宰相中将の子を懐妊してしまった中納言はもう京にはいられないと途方に暮れ、宇治で女の姿に戻り、宰相中将に匿われて密かに男児を出産する。一方、京では内侍(女装若君)が行方知れずになった姉を探すため男の姿に戻り出立する。宇治を出て向かった吉野で内侍(女装若君)は、宇治から逃げ出してきた中納言(男装姉君)と再会を果たし、二人は周囲に悟られぬよう本来の性別に入れ替わる。
その後、内侍(姉)は皇后に、中納言(弟)は左大臣兼関白の地位まで上りつめ、一族は繁栄するのであった。
 めだたし、めでたし…のはずなのだが、姉君は置いてきた赤ん坊のことを思い出し、我が子と一緒に居られないことをずっと嘆いている。姉君は男社会の中で才能を発揮しながらも苦悩し、女として最高の地位まで登りつめても幸せではなかった。
読む前は、少女漫画のような軽い話かと思っていたが、実際に読んでみると、考えていたよりずっと奥の深い物語だった。「とりかへばや物語」は国文学としては異端な存在とされており、露骨で倒錯した性描写や退廃的表現から、低俗な物語だと言われてきた。しかし、近年にわかに注目を集めているという。話題になったアニメ映画「君の名は。」の新海誠監督も制作にあたって「とりかへばや物語」をヒントにしたという。(企画書の名前は「夢と知りせば(仮)-男女とりかへばや物語」だったらしい)
 平安時代、貴族の女性は男と較べて社会的地位が低く、不自由な暮らしをしていた。当時の貴族社会は一夫多妻が普通で、夫と複数の妻は別々の家に住み、夫が妻たちの家に通うのが普通だった。外出もままならない女性は屋敷でひたすら夫が来るのを待つしかない。もし夫が興味を失ってしまうと、そのまま関係も終わる。男は自由気ままに、いろんな女性に手を出して子供を作る。女性はそんな男の訪れをひたすら待つしかない。
「とりかへばや物語」には、そんな平安時代の女性が社会の制約にとらわれず自分の能力を発揮したい、自由に生きたいという思いが込められているように思える。その普遍的なテーマが現代まで支持されてきた理由ではないだろうか。
 また、チャラくて女好きの宰相中将をはじめ、登場人物の個性が強いところも面白い。宰相中将は不思議と憎めないキャラで、四の君と男装姉君の間を往き来してお世話していたのに、男装姉君は生まれたばかりの子供を置いて失踪するし、四の君は実家に戻って会えなくなってしまう。男装姉君が京都に戻ったと聞いて喜んで会いに行くと、髭を生やしていてびっくり仰天するシーンは想像するとかなり笑える。
女装若君の子供を身籠った女東宮は、それを誰にも打ち明けられない状況なのに、女装若君は何のフォローもしない上に姉を探しに行き長期不在。やっと帰ってきたと思ったら、二人は入れ替わっていて内侍は女装若君じゃない。それについての説明もなし。さすがにキレて出家するのだが、最後まで誰にも子供の父親を言わなかったところは芯の強さを感じさせる。逆に四の姫は、とりあえず側にいる男を頼るしか生きる術を知らない男に流されまくりのタイプだ。
 平安文化のキーワードの1つに『色好み』というものがある。私たちは『色好み=女好き』と思ってしまうが、平安時代の『色好み』とは、和歌や音楽に堪能で、雅な恋愛のできる風流人を指す褒め言葉として用いられていた。女心をときめかせる和歌をあちこちに送る浮気男を、女性は「なんて素敵な人!」と思っていたらしい。現代と価値観が違いすぎる…。
男と女が入れ替わるという当時としては斬新なアイディアを盛り込みつつ、女性の生きづらさ、性別に関係なく自分の能力を発揮したいという願いが込められた「とりかへばや物語」は、平安時代の雅な文化を背景に、当時の女性たちの本音が垣間見える興味深い作品である。
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