本:多くを教えてくれる

虚構で塗り固めた女の転落人生

「嘘つき王国の豚姫」

岩井 志麻子



 主人公の“坂浦りか”は昭和41年生まれ、香川県坂出市に住んでいる。時代はこれから瀬戸大橋の建設が始まろうとしている頃。
引っ込み思案でいつもおどおどしていた“りか”は幼稚園の頃からいじめられっ子だった。
小学校では注目を集めたい一心で「家にはテレビが百台ある」「うちの庭では十メートルのワニを飼っている」「夏休みはいつも家族とヨーロッパを一周する」といった嘘をつき、同級生から仲間はずれにされ、不登校気味になった。ある日の夜中、近所のおっちゃんから性的暴行を受けた“りか”は、どんな現実もなかったこととして追いやることが出来るようになっていく。
中学生になってもすぐにばれる嘘ばかりつき、一週間のうち二日は必ず休んだ。出席日数と成績の結果、近隣の公立高校に入れず、底辺校と陰口を叩かれる私立の女子高に入った。その高校で、いじめというより犯罪に近い事もされたため、親に泣きつき、翌年から登校しなくてもお金さえ払えば高卒の資格をくれる学校に編入した。
高校卒業後は引きこもり、菓子をむさぼるように食べ続け、体重が100キロを超える肥満体になってしまったが、二階の自室で自分は誰もが憧れる美少女であると妄想して過ごしていた。ある日、高校時代に同級生だった不良のユミが突然現れ、言葉巧みに連れ出される。その後ユミの恋人に犯されるのだが、それは豚みたいに醜い女とやるという悪意に満ちた罰ゲームだった。
ある夜、発作的に東京に行くことを思いつき、取るものも取らず家を出る。東京では、自分を虐げたユミという名をあえて名乗り、若さだけを武器に当初は水商売で働く。そして脂肪を吸引し、整形に整形を重ねることで美しさを手に入れ、本番ソープ嬢として売れっ子なっていく。
嘘に嘘を塗り固めた生活の中で自分に都合のいいように真実を変える能力を身につけ、薬を覚え、出産した赤ん坊を遺棄し、何かやばい病気にかかっているという検査結果が出ても「認めなければ病気じゃない」と思い込む。しかし、唯一の武器だった若さは当然失われていく。四十に手が届くようになった頃、勤めていたソープの常連客のコネで業界関係者でなければ知らない無名の出版社の編集者という肩書きを得る。しかし、風俗以外の経験が無い“りか”に仕事が出来るはずもない。そして、行きつけの美容室で雑誌に載っていた岡内佐英子というエッセイストに興味を持った“りか”は巧妙に偶然を装って彼女に近づき、とうとうマネージャーの座を手に入れる。嘘に嘘を塗り固めることしか出来ない“りか”がたどり着く先は…
 作者の岩井志麻子は、色々な文学賞を受賞しているのに、全身女豹タイツ&ヒョウメイクで下ネタばかり連発している人面白いオバチャン(褒めてます)だが、文章は分かりやすくてテンポが良く、本当は賢くて真面目な人なんだろうなぁと印象を受ける。
本作は全く共感できる部分のない(むしろ嫌悪感すら覚える)主人公が堕ちていく物語だが、実はこの物語の背景には岩井志麻子の“ある事情”が存在している。
それは岩井志麻子自身が虚言癖のあるマネージャーに騙され、大迷惑を被ったという経験だ。この元マネージャーの話はいろんな媒体で執拗に語られていてファンにはおなじみらしいが、私は本作が初めての岩井志麻子作品なので、そういう事情は全く知らなかった。
 岩井志麻子がフリーで活動していた時に偶然を装って近づいてきたという元マネージャーは、元テレビ局のディレクターで、元大手芸能事務所のマネージャーで、すごい人脈があって…というすごい経歴を彼女に話したとか。しかも「海外にいたときは富豪にいいよられた」「ジョニー・デップとブラピが私を取り合った」などと、誰が聞いても嘘と分かるような話ばかりしていたという。いや、もうこれは笑ってしまうだろ、と思うのだが岩井志麻子はなぜか(すごい人が来たな~)と思ってマネージャーにしてしまう。その結果、彼女を雇った3年間で岩井志麻子は信用を失い、仕事もごっそり失ったという。この辺りの詳細は他の本やインタビューなどに書かれているので、興味のある人はそちらを読んでいただきたい。
 本作にそんな背景があることを知って再度読み返してみると、元マネージャーがモデルであろう“りか”の描写のなんと悪意に満ちていることか。その貶し方があまりにも露骨で笑ってしまうほどだ。本のタイトルも改めて考えるとすごい。しかし、そういう人間をネタに何度も物語を書いている彼女の執念もすごいというか恐い。作中に登場する岡内佐英子というエッセイストが“りか”を罵倒するシーンがあるが、これも岩井志麻子が元マネージャーに言いたい事なのだろう。彼女は作家だから、書くことによって自分の負の感情を昇華させようとしているのだろうかと思っていたら、あるインタビューで「こう言っちゃナンですけど、良い人とか立派な人より、とんでもないワルとか狂っているヤツのほうが書いていて楽しいし、読む人も楽しいでしょう? これからも、この性癖は変わらないでしょうね(笑)」と話していたので、これは作家・岩井志麻子の持っている業と言った方がいいのかもかもしれない。
 岩井志麻子の元マネージャーほど酷い人物じゃなくても、人生で(なんでこんな奴に出会ってしまったんだろう)という、ダメージしか受けないタイプの人間と出会ってしまうことはある。随分昔の事だが私もそういう人間に出会ったことがある。彼女との出会いに何の必然性があったのか悩み続け、かなり長い間その答えを見つけられずにいたのだが、ある日「ああ、彼女はババ抜きのババだったんだ。私はババを引いてしまったんだな。」と思えてストンと腑に落ちた。この時はそれで自分の気持ちに折り合いをつけることが出来たが、もう二度と彼女のようなタイプの人間とは関わりたくない。もし今後(こいつはヤバそうだな)という人間と出会った時は全力で逃げようと思っている。本当に、関わらないようにする以外に手段はないのだ。
 岩井志麻子がこれからも元マネージャーを題材にした物語を書くのか、この先どんなふうに元マネージャーへの気持ちに落とし前をつけるのか興味深い。人間のダークサイドを抉り出し、それを作品として昇華させるセンスは抜群の岩井志麻子が今後どんな恐い話を書くのか楽しみである。

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