本:多くを教えてくれる

時代小説とミステリが絶妙に融合した異色作

「猫間地獄のわらべ歌」

幡大介



作者の幡大介(ばん だいすけ)は1968年、栃木県生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業後、テレビ局嘱託職員、CM制作会社などを経て1995年フリーライターに転身。2008年に時代小説家デビューを果たし、「天下御免の信十郎」をはじめ多くの作品がシリーズ化されている。本作は、そんな幡大介が初めて本格(?)ミステリに挑んだ作品である。
江戸時代。信濃と駿河に挟まれた山中の小藩・猫間藩。その藩主の側室・和泉ノ御方が住む江戸下屋敷の書物蔵で藩士・禰津の死体が発見される。
その死体は腹に脇差を刺した姿で発見されており、蔵には内側から鍵がかかっていた。普通は切腹と考える状況だが、自分に落ち度があったと思われたくない和泉ノ御方は、中屋敷の御使番である主人公“俺”こと藤島内侍之佑にこの藩士を切腹ではなく外部の者に殺されたように証明せよ=密室殺人としてトリックをでっち上げろという命令を下す。藩主の愛妾に逆らうわけにもいかず、内侍之佑は徒目付の静馬とともに、密室破りに四苦八苦することになる。
時を同じくして、猫間藩の国許では女の首なし死体が発見される。この地は、飢饉のせいで農民たちが困窮しているにもかかわらず、銀山奉行らは豪勢な生活をしているため、両者は反発し合い一触即発だった。猫間藩の郡奉行・奥村平九郎と同心の若侍・都築忠吉の調査で犯人が捕えられ、事件は解決したように見えたのだが、その後も次々と首なし死体が見つかる。その状況がこの土地に伝わるわらべ歌に似ていると噂になったことから、これはもしや見立て殺人ではないかという声が上がる。さらに、屋形船殺人のアリバイくずしという3つの事件が展開する。
『時代小説の異端児が正面から本格ミステリに挑んだ怪作』という謳い文句通り、この作品はいろんな意味で驚かされる。
まず、35ページ目で登場人物たちが「い、今、密室と仰せになられましたか?」「申したが、それがどうした」「密室…などという言葉は、この時代には、なかったのではないかと推察いたしまするが」「左様であろうな」「そういうことにうるさい読者が結構いるんですけど…」というメタ展開が繰り広げられる。さらに中盤には「ここでわたしは読者に挑戦する。 この小説をこのまま読み続けるべきか、それとも壁に投げつけてしまうべきか、読者諸賢が判断するための材料はすべて書き記した。 それでもまだ判断がつかないという読者は、最初から注意深く読み直してくれたまえ。 読み進めるだけの根気や暇があり、このノリについていく覚悟ができた読者は、次の章へと読み進めてくれたまえ。 読者諸君の健闘を祈る!」という前代未聞の挑戦状が差し込まれている。こんなミステリは初めてだ。(メタ展開=物語を描く際、物語の世界に本来交わる事のない読者や筆者が登場し現実の世界を巻き込む展開。メタミステリ=推理小説の形式自体を利用した推理小説のこと)
本書は江戸時代を舞台とした密室殺人でっちあげ事件に始まり、屋形(館)もの、首なし死体、見立て、メタミステリ、読者への挑戦状…と、あらゆる要素を詰め込めるだけ詰め込んだバカミスなのだ。
バカミスとは、日本独自の推理小説のサブジャンルの1つで、そんなバカな!と思わせるトンデモトリックを魅せてくれる作品のこと。“おバカなミステリ”もしくは“バカバカしいミステリ”の略語(褒め言葉)で、本を投げ捨てたくなるほどくだらなく、読者をグッタリさせる。それを通り越して激昂する事もある。しかし、最後まで読み進まずにはいられない魅力も備えた作品のことを言う。
他にもイヤミス=何とも言えない後味の悪さと嫌な感じが病みつきになるミステリのこと。ベストセラーも多く、映画化やドラマ化された話題作も多数。
本ミス=推理小説の中でも、純粋な謎解き、トリック、頭脳派名探偵の活躍などを興味の中心においた作品のこと。本格ミステリの略。
このミス=1988年から別冊宝島で発行されている、毎年12月に宝島社から出版されるムック本。書評家や書店員たちが投票で選ぶ年間ミステリランキング企画『このミステリがすごい!』大賞に入った作品など、日本のミステリ小説にはさまざまなジャンルが存在する。
ちなみに本作は2013年版このミスの13位にランクインしている。
3件の独立した事件の中に、本格ミステリの要素すべてが詰め込まれていると言っても過言ではないほどのサービス精神。さらに江戸の風俗や習慣についても語られているので時代小説としても充分楽しめる。しかも作中で現代人に対する説明や、日本文化の特質、探偵という語の意味を論じあう部分が出てくるので分かりやすい。(登場人物が「ところで○○ページの続きだが」と言って物語に戻る)
良くも悪くもこれだけ突き抜けた作品にはそうそう出会えないので非常に楽しく読めた。
そしてミステリの定番ネタをこれでもかと盛り込んだ末に、意外な真相が明らかになる。
一見やりたい放題のように見せながら、すべて計算した上で羽目をはずしているからミステリとしてきちんと成立している。おちゃらけた流れで終わるかと思っていたが、どの事件にも意味があり、最期に一つの大きな物語として結実する流れは作者の一筋縄ではいかない力量を感じさせる。最後はいかにも時代劇らしい爽やかな終わり方をするのもいい。
非常にクセのある作品だが、最初からこういうタイプの作品だと知った上で読むとかなり面白い。バカミス系のノリが好きな人はもちろん、こういうジャンルに馴染みがないにもぜひ一読をお薦めしたい驚きと笑いが詰まった愉快なミステリである。

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