映画:忘れられない一瞬がある

「悪魔のいけにえ」
The Texas Chain Saw Massacre



見れば見るほど愛おしさが増してくる稀有なホラー




 8月26日、トビー・フーパー監督の訃報がニュースで流れた。享年74歳。ジョージ・A・ロメロに続いてトビー・フーパーまでも…親しんできた映画監督たちが次々とこの世を去る寂しさと喪失感を噛み締めながら、今回はトビー・フーパーの代表作「悪魔のいけにえ」の魅力について語って追悼に変えたいと思う。
 ゾンビ映画の金字塔が「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」ならホラー映画の金字塔は間違いなく「悪魔のいけにえ」だろう。ホラー映画でマスターフィルムがMOMA(ニューヨーク近代美術館)に永久保存されているのは「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」と「悪魔のいけにえ」のみであり、これは作品の芸術性が高く評価されている証拠だ。オープニングの太陽フレアを加工した映像をはじめ、骨でつくったオブジェ、 カット割りやアングルなども完璧。低予算だったため通常の映画撮影に使われる35㎜フィルムではなく、購入も現像も安価で済む16㎜フィルムで撮影し、それを引き伸ばしているのだが、これが奇跡的に荒い画質を生み出すことに成功している。
 物語の舞台はテキサス。墓荒らしのニュースを聞き、旅行のついでに祖父のお墓を確認に来たサリーと車イスのフランクリン兄妹、その友人のジュリー、カーク、パムの5人は途中でヒッチハイカーを乗せる。見るからに怪しいヒッチハイカーは、フランクリンのナイフを取り上げると笑いながら自分の手を切り、更にポラロイドカメラを取り出してフランクリンを撮影。「傑作だから2ドルくれ」と言うが、拒否されると車内で写真を燃やし、カミソリでフランクリンの腕を切り付ける。車を停めてヒッチハイカーを降ろすと、車のドアに血で何か印のようなものを書く。5人は先を急ごうとするが、ガソリンが切れたためスタンドに立ち寄る。しかし、ガソリンは夕方か明朝にしか届かないと言われたため、仕方なくサリーとフランクリンの旧家へ向かう事にする。旧家に着き、近くを散策していたカークとパムは民家を見つける。もしかしたらガソリンを分けてもらえるかもしれないと考えたカークは家の外から声をかけるが返事はない。家の中へ足を踏み入れるカーク。すると突然立ち塞がったレザーフェイスがカークの頭にハンマーを振り下ろし、痙攣するカークに更に一撃、彼の身体を部屋の奥へと引き摺り込んだ。その家はレザーフェイスやヒッチハイカーを始めとする狂人ファミリー・ソーヤー家の住まいだったのだ。若者たちが次々と犠牲になる中、最後に残ったサリーもレザーフェイスに捕まり、狂気の晩餐会が始まる。果たしてサリーの運命は…。
 レザーフェイス(ちなみにレザーフェイスと言われたのは「悪魔のいけにえ2」以降)がチェーンソーで人体をバラバラにするというイメージが強い本作だが、意外にも残酷描写はほとんどなく、大量の血が吹き出すようなスプラッター描写もない。それどころか、口汚い表現も少ない上にセクシーショットやエッチな場面もほとんどないのだ。それなのに、一度観ると忘れられない強烈なインパクトを植え付けられるのは何故なのか。まず、この作品が他のホラー映画と一線を画しているのは全編に流れる〝不快な空気〟だ。アルマジロの死骸、テキサスの猛暑とエアコンの壊れた車内の暑苦しさ、屠殺の話、妙にイラッとする若者たちの会話。そんなストーリーに観客は恐怖と不快さの入り交じった感情を抱く。そして、お約束で見知らぬ民家に入り込み、レザーフェイスに殴り殺されるカーク。痙攣するカークを部屋の奥へ引き摺り込み、鉄の扉がバシィン!と閉まる。このシーンわずか20秒。このあまりにも唐突で理不尽な展開に観る側は絶句する。ホラー映画特有の「来るか?来るか?」というタメはなく、問答無用で若者たちは殺される。まさにバーン!と出て来てガーン!という感じ。そこに納得できる理由は一切ない。その不条理さと暴力性が怖いのだ。
 そして物語はソーヤー家の晩餐シーンから狂気率120%の笑えるパートに突入。ガソリンスタンドにいた男が実は長男。一見まともだが、言動の端々に狂気を感じさせる。冒頭に出て来たヒッチハイカーは次男のチャーリー。チャーリーは挙動がおかしく長男を怒らせっぱなしだ。そしてレザーフェイスは末っ子。レザーフェイスはチェーンソーでドアを破壊したことを長男から叱られたりして兄たちには頭が上がらない。一家の長・グランパ(でも祖父ではなく父)は、ほぼミイラ。ほとんど動けないが若い女性の血を吸うのが好きで家族から慕われている。家族の声援を受けヨロヨロとハンマーを握ろうとするシーンは、どう見てもコントでしかない。ちなみにレザーフェイスは殺人用・料理用・晩餐会用など場合に応じてマスクを変えるという芸の細かさも披露。料理の時はお婆ちゃんマスクにエプロン、晩餐会にはメイクした美人マスク(つけまつ毛有)にスーツという正装。このメイクが下手くそで、そんな不器用なレザーフェイスがだんだん可愛く思えてくる。そして有名なラストのチェーンソー・ダンス。レザーフェイスが美しい太陽を背にチェーンソーを振りかざし、クルクル舞う描写は美しさすら感じる。みんな狂っているのに愛おしい、全てが不快なのに美しいという奇跡。
 「もうええかげん黙れ」と言いたくなる悲鳴で元祖絶叫クイーンと呼ばれたサリー役のマリリン・バーンズは、仕込みナイフから血糊が出ないので本当に手を切られ(当日の撮影は猛暑の中27時間ぶっ続けでクルーもおかしくなっていたらしい)、逃げるシーンでは傷だらけ血まみれになり、完全に半狂乱だったとか。しかも、サリーの口を塞ぐシーンで使われた雑巾もその辺にあった本物とか…現在の制作現場では考えられないこの裏話が一番怖い。そのマリリン・バーンズも2014年、享年65歳で死去している。レザーフェイスを演じたガンナー・ハンセンは2015年に68歳で死去。そしてトビー・フーパー監督…。ホラー映画の一時代が終わりつつある事を実感せざるをえない。それでも本当の名作はその輝きを失わず、ソーヤー家やレザーフェイスを愛してやまない「悪いけ」ファンが居なくなることも決してないだろう。

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