映画:忘れられない一瞬がある

「アパートメント」
L' APPARTEMENT


それぞれの情愛が絡み合う上質なサスペンス




 主人公であるマックス(ヴァンサン・カッセル)は、商社マンとして成功し、ニューヨークで知り合った美しい婚約者ミュリエル(サンドリーヌ・ギベルラン)もいて幸福を満喫していた。ニューヨークでの生活を経て、2年振りにパリに戻って来た彼は、ミュリエルのために結婚指輪を購入しようとする。店員は彼に3つの指輪を見せる。1つ目はオーソドックスなデザインだがしっかりした指輪、2つ目はゴージャスで見るだけなら良いが触ると怪我をしかねない指輪、そして3つ目は華やかさはないが光にかざすと星のように輝くという指輪。マックスはどれも気に入って選べないと言い、何も買わずにこの冒頭シーンは終わる。この作品は、この3つの指輪に象徴されるように、3人の女性とマックスをめぐる物語である。
 ある日、マックスはレストランで商談中、電話をかけるためにテレフォン・ブースへ向かった。しかし、摺りガラスに囲われたテレフォン・ブースが使用中だったため外で待つことに。そして、電話をしている女性の声が、2年前、彼がニューヨークに旅立つ前に、突然置き手紙も残さず去ってしまった元恋人のリザにそっくりだと気づく。電話を終えた女性は大慌てでレストランを出て行ってしまい、後を追ったマックスは彼女を見失ってしまう。しかし、その女性は間違いなくリザだとマックスは確信する。彼女がブースに置き忘れたホテルのキーを頼りに、彼はその日から東京へ出張する予定を密かに先延ばしにし、婚約者にも内緒でその部屋に忍び込む。リザらしい女性は不在だったが、彼はそこで見覚えがあるアンティークのコンパクトと破られた新聞記事を見つける。新聞をつなぎ合わせると、見知らぬ夫人の死亡記事が。その夫人の葬式に出席し、ある男性を尾行するマックス。その男性は商店街で合鍵を受け取り、赤い薔薇を一輪買うと、あるアパートメントを訪れる。しかし、その部屋の住人が不在だったので手紙をポストに投函して去って行く。その手紙には“リザ、君は僕から去った。鍵はポストに返す”と書かれていた。アパートメントに侵入し、帰りを待つマックス。しかし帰ってきたのは、別人のリザ(ロマーヌ・ボーランジェ)だった。彼女は自分をリザだと名乗る。マックスがレストランで見かけてから探し続けていた女性は、かつての恋人ではなく全くの別人だったのだ。マックスはなりゆきで彼女と一夜を過ごしてしまう。彼女の正体はアリス(ロマーヌ・ボーランジェ)。実はアリスは、かつて舞台女優だったリザの向かいのアパートに住んでいて、リザの部屋を訪れるマックスに恋をしてしまい、それがもとでリザと親友になった。2年前、イタリア公演の仕事が舞い込んだリザは、2カ月で戻ると書いたマックスへの手紙をアリスに託したが、アリスはそれをマックスに渡さなかった。それでマックスとリザは、事情を知らないまま別れてしまったのだ。この真相を知るのはアリスただ1人。彼女はそれらの日々を全て日記に記していた。やがて嘘をつき続けることに疲れ切ったアリスは、日記をマックスに渡し、これからローマへ旅立つと告げる。真実をすべて知ったマックスは、果たして誰を選ぶのか…。
 「アパートメント」はマックスとリザの熱愛という過去の話と、アリスとの出会いという現在の話が交錯し、偶然と作り上げられた必然が交差してミステリータッチのストーリーが展開していく。この作品は、リザを探すマックスの様子を追いながら、かつての思い出が少しずつ挿入され、謎が解明されていく。全てを理解した上で前のシーンに戻ると、(ああ、ここはこうなっていたのか)と改めてストーリーを認識することができるのも面白い。しかし、はっきり言って謎が解けてからの方が怖い。僅か5日間の間にマックス、アリス、リザ、そして彼らを取り巻く人達の人生がどう変わって行くのか。恋愛の悦びと哀しみ、恐ろしさを堪能できる作品である。そしてラストシーン。物議を醸すこと必至のラストは、さすがヨーロッパ映画、大人だわぁ、とよく分からない納得をしてしまう。マックスが、勝手に部屋に侵入したりポストの手紙を盗んだりするのも、それって立派なストーカーじゃ…なんて思ってはいけない。これがフランス流なのだから。この作品は、フランス映画らしい絡み付くような情感と、重厚な映像、一筋縄ではいかない仕掛けを堪能できる隠れた傑作である。
 もうひとつ、この作品を更に面白く見せているのは、ヒッチコックへのオマージュ。「裏窓」や「めまい」「見知らぬ乗客」を意識した映像は、映画好きにはたまらないだろう。また、すれ違いの原因になった連絡手段が手紙だというのも若い人には想像できない事かもしれない。しかし、この会えずにすれ違うというもどかしさにイライラする所も恋愛ドラマのスパイスなのだ。
 そして、個性派ぞろいの役者陣もインパクトのある演技をしていて見応え十分。過去の恋人の影に翻弄されるヴァンサン・カッセルの魅力もさることながら、やはり女優陣の素晴らしさがこの作品の大きな鍵になっていると言えるだろう。“イタリアの宝石”と称されるモニカ・ベルッチは初々しい中に色気を漂わせているし、物語の鍵を握っているアリスを演じるロマーヌ・ボーランジェの、女の弱さと怖さを感じさせる巧みな演技は素晴らしい。ちなみに、この作品がきっかけでモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルは1999年に結婚している。(その後、2013年8月に離婚を発表)
 「アパートメント」は2004年に「ホワイト・ライズ」というタイトルでハリウッド・リメイクされている。「ホワイト・ライズ」での主役はジョシュ・ハートネット。オリジナル版の監督・脚本を担当したジル・ミモーニが共同で脚本を書き直しているのだが、ラストの主人公の選択が全く違っている。2つの作品をフランス映画とアメリカ映画という対比で観ると、とても興味深い。自分はどちらの結末が好きか、どちらの出演者が好みか、などなど考えながら両方の作品を鑑賞するのも面白いだろう。

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