映画:忘れられない一瞬がある

「あるいは裏切りという名の犬」
36 Quai des Orfevres



哀しく非情な男たちの生き様




 1980年代、現金強奪事件と警察内部の汚職事件がフランスで実際に起こった。本作に共同脚本として参加している元警察官のドミニク・ロワゾーも、この汚職事件で容疑者としてリストアップされ有罪を宣告された一人。彼は収容された6年半の間に妻も友人も仕事も失った。その後、ミッテラン大統領の恩赦で釈放されたロワゾーは「監獄の無実の警官」を出版。本作はこの実話を元にしている。監督のオリヴィエ・マルシャルも元警察官であり、この事件にも多くの友人・知人が絡んでいたという。そのため本作では、警察の内部事情もリアルに描かれている。ちなみに本作の原題は「36Quai des Orfevres」、すなわちパリ警視庁が位置している「オルフェーヴル河岸36番地」。この原題を「あるいは裏切りという名の犬」とした邦題には賛否両論あるようだが、非情でハードボイルドな雰囲気を上手く表現した文学的な邦題だと思う。
 本作の主人公は2人。一人はBRI(探索出動班)に所属し、部下からの人望も厚いレオ・ヴリンクス警視(ダニエル・オートゥイユ)。もう一人はBRB(強盗鎮圧班)所属で権力志向の強いドニ・クラン警視(ジェラール・ドパルデュー)。かつて親友だった2人は同じ女性カミーユ(ヴァレリア・ゴリノ)を愛していた。カミーユはレオと結婚し、それ以来2人の仲は険悪になっていた。そんな折、ロベール・マンシーニ長官(アンドレ・デュソリエ)の昇進が決まり、次期長官候補として2人の名が挙げられる。同じ時期、パリでは現金輸送車強奪事件が多発しており、犯人逮捕のため特別体制が取られる。後任にはレオが相応しいと考えていた長官は、彼を指揮官に任命する。しかし、事件の指揮を執りたいドニは長官に直訴。長官はレオの指揮下で動くことを条件にドニの参加を許可する。ある夜、レオの携帯に刑務所から特別外出を許可された情報屋シリアンから連絡が入る。シリアンは大きな情報と引き換えに30分だけ行動を共にして欲しいと告げ、レオの目の前で自分を密告した男を射殺する。アリバイに利用され激怒するレオに、シリアンは自分のアリバイを証明するなら強奪犯の名前を教えると持ちかける。レオは共犯という危険を覚悟でシリアンの情報を選ぶ。レオの指揮下、犯人のアジトを取り囲み慎重に機会を伺う警察。しかし、突然ドニが単独行動を取ったため激しい銃撃戦になってしまう。責任を問われ調査委員会にかけられるドニに裏情報が入る。数日前に発生した殺人事件の現場にレオらしき男がいたというのだ。目撃者の証言を得たドニは、この情報を調査部に密告する。その結果レオは共犯容疑で投獄され、調査委員会で無罪となったドニはパリ警視庁長官に就任する。突然レオが逮捕され、困惑するカミーユの元にシリアンから連絡が入る。しかし、レオの家はドニに盗聴されていた。カミーユとシリアンが会っている場所にドニの率いるチームが現れたため、シリアンは追跡をふり切ろうと猛スピードで逃走する。しかし車は横転、大破してカミーユは死亡してしまう。留置所で妻の訃報を聞いたレオは号泣する。そして7年後。模範囚として刑期を終え出所したレオは、カミーユが死んだ真相を探り始める。再会するレオとドニ。宿命の2人を待つ結末とは…。
 特徴的なのは主人公の2人が全てにおいて正反対という設定だ。家庭を大切にしているレオに対し、夜遅く家に戻り翌朝早く出かけていくだけのドニ。義理や人情に厚く、時にはそのために大胆な行動をしてしまうレオ、周りの人への気づかいなど皆無、異常なまでの出世欲で周囲から嫌われているドニ。しかし、この作品はレオ=正義、ドニ=悪という単純な物語ではない。いかにも嫌な奴という風貌と言動でありながら、時折良心の名残を見せるドニに不思議と惹きつけられていくのだ。過去の傷を引きずるドニは、権力を手に入れる事でその傷を埋めようとした。しかし、ドニがどんなに高い地位を手に入れても、レオが持っているものは手に入らない。ドニが本当に欲しいもの、欲しくても手に入れられないものをレオは全て持っている。羨望や嫉妬が絡み合いドニは堕ちていく。レオを密告することで長官の座を手に入れても人間的に堕ちたのはドニの方だった。そんなドニの生き様が哀しすぎる。そしてドパルデューが本当に巧い。
 下手な役者が演じれば単なる嫌な奴で終わってしまうドニという人物がここまで印象に残るのは、ドパルデューの演技力に他ならない。一方のダニエル・オートゥイユもひと癖もふた癖もあるレオ役を見事に演じている。フランスが誇る名優の演技対決はいぶし銀の渋さ。重厚さと渋みあふれる2人の演技は本当に見ごたえがある。こういう渋さはフランス映画ならでは。また、ドニ直属の部下エヴ(カトリーヌ・マルシャル)はオリヴィエ・マルシャル監督の実際の奥さんとのこと。ちなみにバーの女経営者マヌー役を、往年の大女優ミレーヌ・ドモンジョが演じている。さらに、ワンシーンだけ登場するマヌーの夫は、オリヴィエ・マルシャル監督自身だ。また、レオの娘ローラ(オロール・オートゥイユ)は、ダニエル・オートゥイユの実娘である。
 冒頭、全く関係ないように見える3つの物語が断片的に展開し、最初は何のことだか分からない物語が徐々に組み合わされ全貌が明らかになっていく。パズルのような構成とスピーディな展開で最後まで目が離せない。随所に緊密な伏線を張り巡らせた脚本、決して単純なハッピーエンドでもバッドエンドでもないラストはほろ苦い余韻が残る。これぞフランス伝統のフィルム・ノワール!という醍醐味を味わえるハードボイルドな作品である。

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