映画:忘れられない一瞬がある

「ブロークン・フラワーズ」
Broken Flowers


ユーモアとペーソスを巧みに織り交ぜた心温まる作品




 ジム・ジャームッシュらしい笑いが随所に散りばめられたロード・ムービー。
第58回カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した本作の主演は、近年ウェス・アンダーソンやソフィア・コッポラなど、インデペンデント系の監督に起用される事も多いビル・マーレイ。
自作映画の脚本は必ず自ら手掛けるジム・ジャームッシュが、ビル・マーレイを念頭にシナリオを書いたというだけあって、ビル・マーレイのとぼけた感じの無表情が絶妙の間と雰囲気を醸し出している。ただ座っているだけで笑いを誘う役者というのも、そういないだろう。
昔の恋人たちを演じる4人の女優陣も、シャロン・ストーン、フランセス・コンロイ、ジェシカ・ラング、ティルダ・ウィントンと豪華。ジャームッシュは本作を制作するにあたって、4人に自分に息子がいると仮定して手紙を書かせたという。それを元にジャームッシュが肉付けしてキャラクターを形成したそうだ。
 「19歳になるあなたの息子がいます」と書かれたピンクの手紙が届く。差出し人は不明。
コンピュータ関係の事業で成功を収めたドン・ジョンストン(ビル・マーレイ)は、初老を迎えた今も独身だ。一緒に暮らしていたシェリー(ジュリー・デルピー)は、何に対しても無気力・無関心なドンに愛想を尽かし、彼の元を去ってしまった。
そこに一通のピンクの手紙が届く。
差出人を探し出す事に乗り気でないドンだったが、探偵小説が大好きな隣人のウィンストン(ジェフリー・ライト)は、真相を探る事を熱心にすすめ、ドンに「女たちのリストを作れ」だの、いろいろ指示を出す。口では嫌がりながら結局せっせとリストを書き上げるドン。該当する5人の女性のうち、1人は数年前事故で亡くなっていた。ドンの使命は、残る4人の家を訪ね、息子がいるかどうか確かめることだ。ウィンストンは、人生を見直すチャンスだからと、ごねまくるドンを説き伏せ、スケジュール表一式(飛行機、ホテルからレンタカーまで手配)と彼オススメのCDをドンに渡す。嫌がりながらも結局は旅立つドン。
ドンが付き合っていた女性たちに久しぶりに会った時のぎくしゃくした感じがまた絶妙。そして、彼女たちは見事にタイプがバラバラ。再開した時の反応もバラバラで、懐かしがられたり、敬遠されたり、露骨に迷惑がられたり。結局、差出人は分からないまま旅は終わってしまう。
街に帰ったドンは、一人旅らしい若者にサンドイッチをおごる。彼こそが自分を訪ねてきた息子だと思ったのだが、それは勘違いだった。青年は気味悪がって逃げ出し、1人取り残されたドンの目の前を車が通り過ぎた。その中にいた19歳ぐらいの青年が、彼をじっと見ていた…。
ジム・ジャームッシュらしい、ゆる~い雰囲気が全編に流れ、大きな事件は何も起こらない。しかし、旅を続けるドンの心境に変化が生じてくるのが分かる。かつて愛した女性たちは、さまざまな経験を重ね、現在の人生を勝ち取っている。自分が知っていた彼女たちはもうどこにもいない。そんな現実を目の当たりにして、自分が19年前から全く前に進んでいないこと、空っぽな己の人生に否応なく気づかされたのだ。
仕事で成功し、悠々自適な生活を送るドンは、人が羨む生活を送っているはずなのに、なぜか全く幸せそうに見えない。スタイリッシュな家に住んでいるのに、着ているのはいつもジャージの上下。古い映画をぼんやり観ているだけの毎日。そんな彼が「過去は終わってしまった。未来は、どうにかなる。だから大事なのは現在だ」と最後に語る。
無気力・無関心だったドンは、自分なりの一歩を踏み出したのだ。差出人は見つからなかったが、ドンにとっての“現在”が動き始めたのだ。ラスト・ショットで通りに立ちつくすドンを中心に、カメラが360°回り込む。その時の表情がすごくいい。
また、物語中ではピンクが印象的に使われている。ピンクの手紙をはじめ、ピンクのバスローブ、ピンクの名刺、庭に捨てられたピンクのタイプライター…。要所要所でピンクがアクセントになっていて、作品をピリッと引き締めている。そして、カーステレオから流れるエオチピアン・ジャズがこの旅にぴったりで、とても印象に残る。さすがジャームッシュ、相変わらず選曲のセンスも抜群だなぁと感心させられる。
 結局、本当の息子は明らかにならないまま、物語は終わる。ラストでちらっと顔を見せた青年が息子なのか、明確な答えもない。唐突な、何かを期待させる結末はジャームッシュらしいと言うべきか。(ちなみにラストシーンに登場する車に乗っている青年は、ビル・マーレイの実の息子、ホーマー・マーレイである)
 しかし、結末をはっきりさせないことで、観る側に想像の余地を持たせるのも映画の醍醐味だろう。結末よりも過程でみせる本作は、ジャームッシュ曰く “ロマンチック・コメディでも陰気な悲劇でもない、中間的な作品” とのことだ。
無気力で不器用な中年男が、少しやる気を出した時のオフビートな笑いと哀愁を描き出した本作は、寂しさと温かさがじわじわと胸に広がるような、不思議な余韻がずっと残る作品である。


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