映画:忘れられない一瞬がある

「バーン・アフター・リーディング」
Burn After Reading



おバカな登場人物が繰り広げるおバカな騒動




 2007年度、「ノー・カントリー」でアカデミー賞作品賞を受賞したコーエン兄弟が、受賞後の第1作目として監督・脚本を手がけた作品。前作とは全く異なったカラーのブラック・コメディだが、とにかくキャストが超豪華!ひと癖もふた癖もある登場人物たちが奇妙に関係し合い、予測不可能な騒動を引き起こす様をコーエン兄弟らしいブラックさで描いている。  オープニングでは、地球の映像がズームアップされる。視点はぐんぐん地上に降りて、アメリカのヴァージニア州ラングレーに接近、CIA本部を映し出す。本部内ではアル中のオズボーン(ジョン・マルコヴィッチ)に左遷通達が言い渡されている。蝶ネクタイ姿のオズボーンはCIAを口汚く罵倒し退職。怒りにまかせて自伝の執筆を決意し、機密情報や上司に対する罵詈雑言を書きまくる。オズボーンの妻ケイティ(ティルダ・スウィントン)は夫がCIAを辞めたことに腹を立てつつも、内心喜んでいた。彼女は財務省連邦保安官のハリー(ジョージ・クルーニー)とダブル不倫中で、彼女にとって夫の失業は離婚を有利に進めるために好都合だったのだ。ケイティは、オズボーンがパソコンに打ち込んだあらゆるデータをコピーする。そのデータの入ったディスクが、ワシントンにあるフィットネス・センターに置き忘れられる。
 このディスクを見つけたのはフィットネス・センターの従業員で脳ミソまで筋肉で出来ているような陽気なおバカ、チャド(ブラッド・ピット)。チャドは名前や数字の羅列から、このディスクがCIAの機密情報だと思い込み、これを利用して一攫千金を狙おうと無謀な計画を立てる。同僚のリンダ(フランシス・マクドーマンド)も、念願だった全身整形の費用を稼げるチャンスだと浮かれ、その完璧とは程遠い計画に加わる。そんな2人の上司・テッド(リチャード・ジェンキンズ)は、リンダに想いを寄せているのだが、リンダは全身整形の資金を捻出することに夢中でテッドのことなど眼中にない。
 そんな折、パートナー探しに余念がないリンダは、出会い系サイトで見つけた男性とデートをすることにする。待ち合わせ場所に現れたのは、なんとハリー。ハリーは財務省のエリートだが、実は出会い系サイトで日々女あさりをする超スケベ男だったのだ。チャドはディスクの持ち主がオズボーンであることを突き止め脅迫するが、逆に怒鳴られ殴られてしまう。そこで、次はロシア大使館に持ち込むが上手く行かず、遂にオズボーン家に侵入。ところが、誰かが帰宅したので慌ててクローゼットに隠れたら、現れたのはオズボーンではなく、ハリーだった。驚いたハリーの銃が暴発し、チャドは死んでしまう。発端となった1枚のディスクが不運の連鎖を呼び、やがて事態は予想できない結末へと転がっていく。
  この作品にまともな人間は出てこないのか!?というくらい、おバカな登場人物のオンパレード。特にブラッド・ピット演じるチャドは秀逸。いつもipodでノリノリご機嫌の筋肉バカ。この姿がブラピの素なんじゃ…と思ってしまうぐらいナチュラルな演技力は凄いし、撃たれる直前の笑顔も忘れられない。ジョージ・クルーニー演じるハリーは、工作好きなスケベ男。何を一生懸命作っているのかと思ったら、思わず脱力してしまうようなエロマシーン。妻と不倫相手を同時に失い、ブラピを殺してしまった重圧に耐え切れずマシーンを破壊するシーンは爆笑ものの名シーンだ。こんなおバカな展開なのにBGMだけは妙にシリアスなのがまた笑える。
 基本的に何も考えず笑って観られる作品だが、ひとつ気づいたのは男女の生き方の差。男たちは現状維持に一生懸命だが、女たちは現状からの脱却を目論んでいる。CIAより隠密行動が上手いんじゃないか、というぐらい密やかに。女性の方が自分の幸せに貪欲だという事なのだろうか?そして、勘違いや思い込みが連鎖反応を起こし、悪い方へ悪い方へと引き寄せられていく展開もコーエン兄弟ならではのセンス。
 本作の設定は現実とかけ離れているように思えるが、人間の行動や思考パターンなんて、結局は似たり寄ったりなのだろう。人間とはなんと愚かな生き物なのか…。
 ラスト、一連の騒動を監視していたCIAの上層部が今後どうするかを話し合う。
 「何を学んだ?」
 「わかりません」
 「私もそうだ」
このデヴィッド・ラッシュとJ・K・シモンズのやり取りが全てを表している。投げやりになったCIA上層部はリンダの全身整形の費用だけを提供し、よく分からない事態を都合よく表面だけ収める。つまり、全てはなかったことに。
 エンディングで再びカメラが引いて地球を映し出す。本人たちにとっては深刻な問題も、傍から見たらこんな風に滑稽なんだ、とでも言うかのように。エンド・クレジットで流れる「CIAマン」も、とびきり皮肉が効いている。
 コーエン兄弟の笑いは独特なので人を選ぶと思うが、あえて脱力感を狙って作られた本作は、豪華キャストが演じるおバカキャラを素直に楽しむのが一番だろう。みんな楽しんで演じているのが伝わって実にいい。こんなブラピとジョージ・クルーニーが観られる作品は他にない。ある意味とても贅沢な作品でもある。
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