映画:忘れられない一瞬がある

「バス男」
Napoleon Dynamite


愛すべき変わり者たちのオフビートな青春コメディ





40万ドルという低予算で製作され、当初はたった6館での公開だったにもかかわらず、3ヵ月後にはなんと1027館で公開され、興行収入は4千611万ドルという爆発的なヒットとなった伝説の作品。残念ながら日本では劇場未公開だが、邦題が史上最悪だと各方面から激しく非難されていることでも有名である。 この邦題は当時日本で流行していた「電車男」にあやかったらしいが、原題はこの作品の主人公の名前「Napoleon Dynamite」だ。
 ジャガイモで有名なアイダホの中でもド田舎に住むナポレオン・ダイナマイトは、可能な限りダサい設定の高校生。Tシャツはジーンズにイン、おばさんメガネに爆発アフロヘア。口がいつも半開きで目もうつろ。授業中は空想の動物の落書きをしている。しかもそれが恐ろしくヘタ。アメリカでは、スクールバスで通学する高校生というのはモテないタイプの典型だそうで、ナポレオンももちろんバス通学。バスの後部座席に座ると糸を括りつけたフィギュアを窓から外に投げ、引き回すと言う暗い遊びをしながら学校へ向かう。もちろんクラスでは変わり者としてバカにされている。家族構成も変わっていて、引きこもりでチャット中毒の兄・キップとオフロードバイクマニアの祖母と暮らしている。ところが祖母がバイク事故で入院したため、代わりに叔父のリコが家にやって来た。どうみてもズラにしか見えないヘアスタイルのリコは家族も職もなく、キャンピングカーで暮らしている。筋肉だけが取り柄で、自分がフットボールを投げる姿をビデオに撮って自分で観るのが趣味。フットボール選手になっていればモテモテだったのになぁ、といつも夢見ているリコは、通信販売でタイムマシンが売られているのを知り「これで過去に戻ってアメフト選手になるんだ」と、タイムマシンを買う金を貯めるため、キップを巻き込んで怪しげな商品の訪問販売を始める。
 一方、ナポレオンの高校にメキシコ人のペドロが転校してくる。このペドロがまた、高校生なのにヒゲを生やした妙に無口な変わり者。ペドロは友達のいないナポレオンと仲良くなるが、ある日、女の子にもてたいという理由だけで生徒会長に立候補すると言い出す。ナポレオンはペドロの応援演説や、プロムナイトで女の子を誘うために奮闘するが、やっぱり少しズレている。この手の映画では ダサい高校生が一目惚れした女の子を振り向かせるために一念発起、素敵な男の子に生まれ変わってキラキラのハッピーエンド というのが定番だが、この作品ではそんな華やかな展開は一切ナシ。ナポレオンは、最初から最後までダサいまま。でも、全くめげていない。そんなナポレオンの姿を見ていると安心してしまうのはなぜだろうか。
 ナポレオンをはじめ、登場する イケてない 彼らの魅力は、劣等感も卑屈さもまるで持っていない所だ。ペドロが人気者のサマーをダンスパーティに誘う時も、ナポレオンは「俺たちなんか相手にされる訳がない」と否定的にならず、的外れではあるがアドバイスをして最大限の協力をするし、生徒会長に立候補したいという時も心から一生懸命応援する。周囲から見れば変人でも、彼らは自然体で生きているだけなのだ。だからポケットに詰めたポテトフライを授業中に食べるし、それをクラスメイトにねだられても強気で「NO!」と言える(そして蹴られる)。自慢できる才能もなく、女の子にもモテないナポレオンは決してハッピーな毎日を送っている訳ではないが、だからといってアンハッピーだと嘆いたりもしない。ちょっとトホホな感じではあるが、なんだかんだで青春を謳歌している。そんな姿を見ていると、こちらもゆる~く応援したくなるのだ。
 お金をかけず、CGも使わず、人気俳優も使わずにアメリカ人の心を掴んだこの「ナポレオン・ダイナマイト」を製作したのは、これがデビュー作となるジャレッド・ヘス。ヘスは、1979年アイダホ州のプレストンに生まれ、カンザス州などの高校を経てブリガムヤング大学へ進学。在学中の2003年、同じ大学に在籍中だったナポレオン役のジョン・ヘダーらと共に「Peluca」を制作。この短編映画は、田舎に住むオタクな高校生を主人公にしたショートフィルムで、これを翌年「ナポレオン・ダイナマイト」として長編映画化したところ、大ヒットとなった。この作品の随所に散りばめられた妙にリアリティのあるエピソードは、「身内の恥をさらすんじゃない!」と母親に怒られたと言うほど、ジャレッド・ヘス家族の実話がネタ元になっているらしい。
 そして、驚くことにナポレオン役のジョン・へダーも、ペドロ役のエフレン・ラミレッツもその素顔は超イケメン。役者さんの演技力というのは本当に恐ろしい。彼らもこの作品でデビューし、その後多くの作品に出演している。また、お金の代わりに手間暇をかけたオープニング・クレジットも遊び心があって最高に可愛い。プレートに載せたファーストフードやランチ、文房具や本などに次々とクレジットが表示されるオープニングは、MTVムービーアワードで作品賞を受賞している。このオープニングタイトルを製作したのは、ナポレオンの兄・キップを演じたアーロン・ルーエルだというのも驚き。彼もジャレッド・ヘスやジョン・ヘダーと同じブリガムヤング大学出身である。
 本作はいわゆるオフビートコメディなのだが、キャラの描き方や、間の取り方、居心地の悪~い空気感の演出が絶妙。この世界観にハマると中毒になること必至。ガハハという大笑いではなく、ムフフと忍び笑いを漏らしてしまう、そんなタイプの作品だ。体育会系のイケメンや金持ちのボンボン、チアリーダーばかり登場して愛だ恋だとイチャイチャする学園ドラマに不快感を感じる方にもこの作品はお薦めである。ちなみに、エンドロールには、1年後に撮影が追加されたというちょっとしたオチがあるので見逃さないようにご注意を。

映画トップ