映画:忘れられない一瞬がある

「君の名前で僕を呼んで」
Call Me By Your Name



美しく繊細な初恋の物語




 アンドレ・アシマンの同名小説を、ルカ・グァダニーノ監督が映画化。脚本は「眺めのいい部屋」「日の名残り」をはじめ同性愛映画の名作「モーリス」を手がけたジェームズ・アイヴォリー。ジェームズ・アイヴォリーが自らの監督作以外で脚本を手がけたのは本作が初めて。彼自身もゲイであることを公表しているが、そんな彼が89歳にしてこの脚本を書き上げ、アカデミー賞全部門での史上最年長で脚色賞を受賞したことは素晴らしい快挙だ。また、エリオ役のティモシー・シャラメは史上最年少で主演男優賞にノミネートされ世界中から注目を集めた。ちなみにアンドレ・アシマンは作中で歳を取ったゲイのカップル(青い服の方)としてカメオ出演している。
 物語の舞台は1983年の北イタリア。17才のエリオ(ティモシー・シャラメ)はアメリカの大学で考古学の教授をしている父親と、翻訳家の母親と共に毎年北イタリアの避暑地にあるヴィラで休暇を過ごしている。夏の休暇では、毎年父親の大学のインターンが1名アシスタントとして選ばれ、一家と共に生活しながら教授の研究の手伝いをすることになっている。その夏、選ばれたのは24歳の大学院生オリヴァー(アーミー・ハマー)だった。自信に溢れ、長身でハンサムなオリヴァーは「Later(後で)」が口癖。エリオはそんなオリヴァーの口癖を真似し、「嫌いかも」と言うが「この夏ずっと一緒に過ごす人なのよ」と母親にたしなめられる。しかし、毎日顔を合わせ一緒に過ごしているうちに、エリオはオリヴァーに惹かれていく。オリヴァーもエリオに好意を持っているように感じるが、女の子と遊んだりして本心が掴めない。2人の距離は近くなったり、離れたり。その微妙な距離がもどかしい…そんな日々が続き、とうと
うエリオが気持ちを告白した後、2人は激しい恋に落ちる。しかし、夏の終わりと共にオリヴァーが帰国する日が近づいてくる…。
 北イタリアの美しい風景の中、エリオとオリヴァーはお互いの気持ちを探り合いながら距離を近づけていく。オリヴァーは上半身裸のエリオの肩や背中にナチュラルに触れたりするのでエリオは戸惑う。しかし、それが彼のアプローチなのだ。エリオも次第に彼に惹かれていくが、繊細な性格なので本心を告げられない。それに気づいていながらオリヴァーも何も言わない。そんな2人はすれ違い、エリオは自分の気持ちを持て余す。そんな2人のやり取りが観る側をやきもきさせる。タイトルの「君の名前で僕を呼んで」は劇中の「君の名前で僕を呼んで。僕の名前で君を呼ぶ。」というオリヴァーのセリフから引用したもの。エリオがオリヴァーに向かって「エリオ」と呼ぶ。オリヴァーはエリオを見つめて「オリヴァー」と呼ぶ。これは彼らだけの恋の合言葉だ。
 ルカ・グァダニーノ監督はカメラがエリオとオリヴァーの関係性を邪魔することが無いように徹底的に映像の均質化にこだわったという。どこまでも透き通った青い空、夏の太陽を受けて輝く風景は、2人の恋の美しさと儚さをいっそう際立たせる。特徴的なのは、彼らの感情を表す言葉が最小限であること。探り合ったり、相手の反応を見たり、眠れなくなるほどオリヴァーを想うピュアな気持ちはティモシー・シャラメの表情や仕草から伝わってくる。そして、エリオの両親も魅力的。2人の関係に気づいていても静かに見守り、息子が転びそうになった時だけさり気なく道を示す。終盤で父親がエリオに語る言葉は深く心に残る。
 月日は経ち、季節は冬。エリオと両親は感謝祭の準備をしている。そこにオリヴァーから電話がかかってくる。エリオが冗談交じりに「結婚の知らせかな」と言うと、オリヴァーはそれを肯定する。呆然とするエリオと、電話を替わる両親。エリオも気を取り直して、おめでとうと言う。そして電話に向かって「エリオ?」と呼びかける。「エリオ、エリオエリオエリオ…」。沈黙のあと、オリヴァーはエリオに「オリヴァー」と言葉を返す。そして彼は言うのだ。「何一つ忘れない」と。せつない!!電話を切ったあと、エリオは暖炉の前で静かに泣き始めエンドロールが流れる。エリオの表情だけを映し出す、この長回しのエンディングは圧巻。目に涙が溜まり、こらえきれなくて涙がこぼれ落ちる。エンドロールが止まった最後のシーンでエリオの背後から母親が彼を呼ぶ。「エリオ?」この最後の一言で、眩しい夏の恋は終わりエリオはエリオに戻ったことを観客も知らされる。この構成が素晴らしい。
 監督が「彼の人生の中で今この瞬間、二度とは訪れない瞬間の彼を得られて本当にうれしく思う」とコメントしていたように、この作品が成功した最も大きな要因は、やはりティモシー・シャラメを起用したことだろう。ティモシー・シャラメ自身も父親がフランス人なのでフランス語も流暢に話せるバイリンガル、しかも名門コロンビア大学からこれまた名門のニューヨーク大学に編入した秀才。作中でバッハを何通りもアレンジして弾くシーンも全部本人が生で弾いている。
 一方のアーミー・ハマーも、曽祖父が石油王、父は大会社のCEOという大富豪の家庭に生まれた御曹司だそうで、品の良さと独特のオーラにも納得。身長196㎝のマッチョで正統派ハンサムのアーミー・ハマーと繊細さが魅力のティモシー・シャラメというのは奇蹟的なマッチング。そして、作中に流れる音楽もいい。監督が「音楽はナレーションのないこの映画のナレーションでもある」と言っているように、エリオの心情を表すような楽曲は心に沁みる。
 眩しい太陽と北イタリアの景色、彼らの想いがまだそこに漂っているような余韻がずっと心に残る。セクシュアリティに縛られない普遍的な初恋の美しさ、せつなさが胸を打つ傑作である。

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