映画:忘れられない一瞬がある

「カサンドラ・クロス」
The Cassandra Crossing



細菌感染者を乗せて疾走する大陸横断列車




 ジュネーブの世界保健機構(WHO)に3人組のスウェーデン人テロリストが侵入する。1人は射殺されるが、残った2人は細菌類が保存されている部屋へ逃げ込む。1人が撃たれて倒れた拍子に薬の瓶が割れ、アメリカが極秘に研究開発していた細菌を浴びてしまう。 残った1人は逃走し、ストックホルムからジュネーブへの大陸横断列車に乗り込む。国際保健機構の女医エレナ(イングリッド・チューリン)は、撃たれたテロリストの症状から伝染病ではないかと疑う。緊急事態発生の知らせを受けた陸軍情報部のマッケンジー大佐(バート・ランカスター)は、エレナにその細菌が呼吸器系の伝染病菌であることを告げる。そして、国際的に禁止されている軍事目的の細菌を開発していた事実を隠蔽するための手段を企てる。
 マッケンジーは乗客リストに名前があった著名な医者、ジョナサン・チェンバレン(リチャード・ハリス)を無線電話で呼び出して事件を簡潔に説明し、車内に潜んでいるテロリストを探すよう要請する。列車にはチェンバレンの元妻で作家のジェニファー(ソフィア・ローレン)や武器製造業者の妻ニコール(エバ・ガードナー)と愛人ナバロ(マーチン・シーン)、麻薬の密輸で指名手配中のナバロを追ってきたハリー(O・J・シンプソン)、ナチスに妻子を殺された辛い過去を持つヘルマン(リー・ストラスバーグ)といった面々が乗っていた。エレナは列車を止めて犯人を隔離することを提案するが、マッケンジーは乗客全員がすでに感染しているかもしれないこと、細菌研究の事実が明るみに出ることを恐れ、列車ごと検疫収容させるためポーランドのヤノフへ向かわせると主張する。そのルートには30年近く使用されていない
〝カサンドラ・クロス〟と呼ばれる鉄橋があった。マッケンジーは耐久性に問題がある橋が崩壊し、そのまま乗客が全員死亡する事を計画していたのだ。
 その後テロリストは発見されるが、感染症状がひどく危険な状態だった。ヘリコプターでテロリストを走る列車から回収しようとするが、トンネルがあるため計画は失敗に終わる。もはや乗客に事情を隠しておける状態ではなくなり列車はニュールンベルグで一旦停められる。マッケンジーの命令により警備隊と医療班が列車に入り、列車の出入口、窓、通気孔は密閉される。さらに車内に酸素を送り込むポンプが設置された。事態を知らされた乗客たちは騒然となり異常を訴える者が相次ぐ。そんな中、チェンバレンは感染者たちをひとつの客車に集めて治療に当たる。チェンバレンは鉄橋の前で列車を停めるようマッケンジーに交渉するが、マッケンジーはそれを黙殺した。事故に見せかけ全てを隠蔽しようとしていることに気づいたチェンバレンは、ジェニファーやナバロ、ハリーらと協力して列車を止めようとするが、警備隊と争った際に無線装置が壊れてしまう。エレナはマッケンジーに不安を感じながら様子を見ていたが、テロリストと一緒に列車から回収した犬が快方に向かっていることに気づく。しかし、無線機で列車に連絡しようとしても無線装置が壊れているので通じない。酸素が供給されている列車内の患者たちも次第に回復しはじめていた。チェンバレンは警備兵に列車を停めるよう説得するが聞き入れられず、一等車と二等車を切り離すしかないと決断する。列車が軽くなれば一等車もカサンドラ・クロスを渡りきれるかもしれない。刻々と迫るカサンドラ・クロス。果たして乗客たちの運命は…。
 パンデミック映画のはしりとも言える脚本に、国家権力の恐ろしさ、ホロコーストの残忍さという社会派的な要素も絡めたストーリー。登場人物が抱えている背景や、状況を知ってそれぞれが取る行動なども丁寧に描かれていて、単なるパニック物にはない深みがある。この作品は冷戦下で製作されているが、当時ヨーロッパの人たちがアメリカに対して抱いていた感情も窺える。そして、中盤からはカサンドラ・クロスまで列車を走らせたい軍と、なんとか列車を止めようとする乗客の攻防というアクション要素も加わる。疾走する列車という限定空間、迫り来るカサンドラ・クロスの恐怖に最後までハラハラさせられる。
 また、この作品はキャストが豪華なのも特徴。ジョナサンを演じたリチャード・ハリスは「ハリー・ポッター」シリーズ初めの2作で魔法学校のダンブルドア校長を演じた人物。断るつもりだったが、孫娘に「断ったらもう口をきいてあげない」と言われて引き受けたとか。そして注目はアメリカ演技界の大御所リー・ストラスバーグがカプラン役で出演していることだ。メソッド演技法を確立し、アクターズ・スタジオの最高責任者として多くの俳優を指導した演技指導の神様のような人物で、本作でもさすがの名演技を披露している。アル・パチーノに請われて出演した「ゴッドファーザー PART II」では「この人に演技指導するのだけはためらった」とコッポラも語っている。ちなみに本作のプロデューサー、カルロ・ポンティとソフィア・ローレンは夫婦である。
 CGが無い時代の作品なので確かに安っぽいシーンもあるが、それでも迫力満点。CGがなくてもこんなに面白い映画が作れるという見本のような作品だ。また、ラストもハリウッド映画の予定調和的ハッピーエンドに慣れた人には驚きの展開が待っている。最後の台詞で社会派サスペンスの様相も帯びる見事な締め。クライマックスとラストの苦さもヨーロッパ映画ならではだ。冷静に観ると破綻している箇所も多く、良くも悪くも突っ込みどころ満載だが、スリリングな演出、往年のスターたちの共演、最後まで突き進む大陸横断列車での攻防は見応え充分。最後まで目が離せないスリリングな作品だ。

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