映画:忘れられない一瞬がある

「第9地区」
DISTRICT 9



本当に美しいもの、 正しいことついて考えさせられる秀作




 ニール・ブロムカンプ監督のオリジナル脚本を「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソンが全面バックアップし、全編を南アフリカで撮影したSF作品。全米興行収入は1億ドルを超え、アカデミー賞作品賞、脚色賞、編集賞、視覚効果賞、そしてゴールデングローブ脚本賞にもノミネートされ注目を集めた。主演のシャールト・コプリーとニール・ブロムカンプ監督は、ともに南アフリカ共和国生まれで監督が14歳のときからの付き合いだという。
 物語は南アフリカのヨハネスブルグ上空に巨大な円盤型宇宙船が現れるところから始まる。しかし、宇宙船からは何の反応もないまま半年が過ぎる。業を煮やした人類が宇宙船に穴を開けて内部に突入すると、中に居たのは病気で弱った大量のエイリアンだった。そこで、エイリアン達を第9地区という隔離地区へ移送し、難民として認定する。その業務を請け負ったのはMNUという民間軍事会社だった。外見から〝エビ〟と呼ばれるエイリアン達と人類の間では様々なトラブルが絶えず、人々は次第に〝エビ〟をもっと市街地から離して欲しいという要望を持つようになる。この要望を受け、MNUは第10地区に宇宙人を移住させることになり、MNUのエイリアン管理課に勤める主人公ヴィカス(シャールト・コプリー)が担当者として〝エビ〟たちに移住交渉をするため、傭兵部隊とともに第9地区に向かう。ここで、物語は3人(匹?)のエイリアンに切り替わる。彼らは宇宙船の破片から母船へ戻るために必要なエネルギーを採取していた。20年かけて、やっと必要最低限のエネルギーを集めることに成功した彼らの家にもMNUがやって来る。家宅捜査を行なったヴィカスは隠し部屋を発見し、彼らが集めたエネルギーが入った瓶を見つける。瓶をいじっていると、中身が噴出し、ヴィカスは液体を浴びてしまう。一方、エイリアンの1人はMNUに反抗し、射殺されてしまう。残ったのはクリストファーという名前の知的なエイリアンと彼の息子だった。その後もヴィカスは任務を続けるが、体調を崩して病院へ担ぎ込まれる。そこで判明したのは、ヴィカスの体が〝エビ〟 へと変化しつつあるという事実だった。MNUに拘束されたヴィカスは、人体実験の材料として扱われる。「臓器が数十億で取引される」と麻酔なしで全身を切り刻まれそうになったところで必死に抵抗し、何とかラボを脱出。既に片腕が完全にエイリアン化してしまったヴィカスは指名手配され、どうしてもヴィカスの腕が欲しいナイジェリアのギャングからも追われ、第9地区に逃げ込む。しかし、そこにもMNUの追っ手が迫っていた…。
 まず、本作を鑑賞した人がまっ先に感じるのは、主人公ヴィカスのゲスっぷりだろう。ヴィカスはMNUの会長の娘と結婚している、いわゆる玉の輿エリート。強者には媚び弱者には傲慢な態度をとる臆病者で、性格的にも情緒的にも問題がある人物だ。第9地区で移住交渉中、ある小屋を開けるとエイリアンの卵がびっしり並んでいる。卵には牛の死体から繋がれたパイプで栄養が送られているのだが、それをニヤニヤ笑いながら引き抜くヴィカス。軍人が火炎放射器で小屋ごと焼却すると、卵から断末魔の声が聞こえる。焼かれてはじけ飛ぶ卵の音に「ほら、卵がポップコーンみたいにはじけてるよ!」と大爆笑。あ、こいつ最低だ…と、主人公なのに印象は最悪である。逆にエイリアンの方が仲間想いだったり、クリストファーの義理堅くて超男前な性格など、あの姿なのに素敵に見えてくるから不思議だ。実は個人的に甲殻類が大の苦手なので不安を抱きつつ鑑賞したのだが、〝エビ〟たちの大好物が猫缶という妙にかわいい設定があったり、見た目に反して素直で穏やかで疑うことを知らない種族という和みポイントのおかげで大丈夫だった。この作品を観たほとんどの人がヴィカスよりもクリストファーを応援してしまうだろう。しかし、エイリアン化して人間の尊厳を奪われていくヴィカスを見ていると同情心も沸いてくる。「3年後に必ず戻って来る」と言い残しクリストファーが旅立った後、第9地区で1人空を見上げるヴィカス。姿は醜くても、中身は人間だった頃より美しい。最初は(お前なんかやられてしまえ!)と悪態をついていたのに、ラストシーンでは胸が詰まってしまうのだ。
 この作品の斬新さは、登場するエイリアンが侵略や友好目的でやって来るのではなく、栄養失調状態の難民としてやって来るというところだ。エイリアン達は人道的観点から受け入れられるが、劣悪な環境で差別されて暮らしている。しかし、同じ状況に置かれたら、多くの人間がヴィカスと同じように考えるのではないだろうか。実際の難民問題でも似たようなことがあるんだろうな、というリアリティがある。そして、何よりも驚きだったのは、主人公ヴィカス役を演じているシャールト・コプリーのセリフの9割がアドリブだということ!(台本を貰って開いたら自分のセリフだけ空欄だったらしい)コプリーの作り物ではないセリフがこの作品をよりリアルにしているのだろう。
 監督は「作品の本来の目的は政治や社会への風刺ではなく、弱者としてのエイリアンを持ち込むという設定の新奇さを売りにしたエンターテインメントである」と語っている。確かにエイリアンの戦闘ロボットによるド派手なアクションシーンなどは非常に楽しい(血が飛び散ったり首とか腕がもげるので注意)。見た目に美しいものに真実があるわけではない。奇抜だがリアルなストーリーは、相手が人間同士でも同じような問題が起こるということ、人間の持つ醜さ、愚かさについて深く考えさせられる秀作だ。

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