映画:忘れられない一瞬がある

「グッドフェローズ」
Goodfellas


マフィアの世界をリアルに描いたノンフィクション





 巨匠マーティン・スコセッシが実在の人物をモデルに、少年の頃からギャングに憧れ12歳でマフィアの世界に身を投じた男の半生をリアルに描いた作品。原作はニコラス・ビレッジの「Wiseguy」。マーティン・スコセッシは、本作でヴェネツィア映画祭銀獅子賞を受賞(銀獅子賞は1990年から始まったので、スコセッシは受賞者第1号である)。1991年のアカデミー賞ではトミーを演じたジョー・ペシが助演男優賞を獲得している。また、アメリカ映画協会(AFI)が2008年に発表した、アメリカ映画名作ランキング・ギャング映画編では「ゴッドファーザー」に次ぐ第2位に選ばれている。
 アイルランド系の少年ヘンリー・ヒル(レイ・リオッタ)は幼い頃からグッドフェローズと呼ばれるマフィアの世界に憧れ、12歳の時からブルックリンの街を牛耳るポール・〝ポーリー〟・シセロ(ポール・ソルビノ)のもとで使い走りを始め、強奪専門のジミー(ロバート・デ・ニーロ)や、トミー(ジョー・ペシ)らと共に違法な仕事に手を染めるようになる。何度かの刑務所暮らしを経つつ、ヘンリーはカレン(ロレイン・ブラッコ)と結婚、子供も産まれる。1978年、ケネディ空港で犯罪史上空前の600 万ドル強奪事件が発生。FBIの威信をかけた捜査が始まるが、事件の鍵を握る証人たちは実行犯のジミーらによって次々と口を封じられてしまう。 窮したFBIは、ヘンリーの抱き込みを画策した。ちょうど麻薬密売事件で逮捕されていたヘンリーは、何度かヘマをしでかしてポーリーに見離されたこと、そして相棒のジミーが口封じのために自分の命を狙っていることを知らされ、仲間を売る決心を固める。連邦証人保護制度の下、名前を変え日陰者として余生を送ることになるのだ。そしてジミーは投獄され、鉄壁だったはずのグッドフェローズは崩壊していくのだった…。
  この作品は、ヘンリーと妻カレンのナレーションで語られていく。淡々としているものの、軽妙でテンポが良く、約2時間半という長さを全く感じさせない。前半は、ヘンリーが恵まれない環境に育ち、マフィアとして栄光を掴み取るまでが流麗なカメラワークと、個性溢れる登場人物たちによって華やかに描かれている。観客がこんな世界も悪くない、と錯覚しかけた所で突如ストーリーは暗転。後半では、ヘンリーが積み上げてきた栄光が崩れ去る過程がドキュメンタリータッチで描かれる。 〝殺し〟〝麻薬〟〝浮気〟が大半を占め、憧れだった世界は少しずつ恐ろしい世界へと変貌していく。この演出のメリハリも絶妙だ。
 タイトルの「グッド・フェローズ」とは、親しい間柄のマフィア同士のことを意味している。マフィアは、私生活も含め非常に強い結び付きを保ちながら生活している。危ない橋を一緒に渡る仲間同士、強い絆が必要なのだ。この信頼関係の根本にあるのが、「仲間を売らない」「人に喋らない」という鉄則だ。この掟に従い組織に貢献している限り恩恵は与えられる。しかし、この掟に反した時は死をもって贖わなければならない。いとも簡単に人が殺されたり殺したりする世界、それがマフィアなのだ。
 本作で特筆すべきなのは、全編に流れる音楽だろう。軽快なロックナンバーと、マフィアの殺伐とした世界とのギャップがとても印象に残る。粛清シーンに「いとしのレイラ」のピアノソロ、エンドロールではシド・ヴィシャスの「マイ・ウェイ」が大音量で流れる。実は、マーティン・スコセッシはシド・ヴィシャス版ではなく、フランク・シナトラ版を希望していたらしいが、生前マフィアとの関わりが公然の秘密とされ、FBIの資料でもその繋がりが公表されているシナトラは、マフィア映画に自分の曲が使われることを断固拒否したという。
 また、俳優陣の名演技も素晴らしい。ロバート・デ・ニーロの些細な身振りや笑顔のちょっとした変化で、心の動きまで表現する抑えた演技はさすが。そして、強烈な存在感を放っているのがジョー・ペシ。自分で笑い話をしておきながら「何が面白いんだ?」とキレる恐怖のトミー役を好演。実はこのシーンは、共演者も知らなかったアドリブらしく、レイ・リオッタらのどぎまぎした表情は素のものだそう。他にも下積み時代のサミュエル・L・ジャクソンやヴィンセント・ギャロなどが出演している。ちなみに本作のモデルとなったヘンリー・ヒルは、2012年6月12日、米ロサンゼルスの病院で心臓疾患により69歳で死去している。
 主人公のヘンリーという男は、リーダーシップを発揮できる能力もなく、度胸がある訳でもなく、女性にもだらしない。挙げ句にボスに禁じられていた麻薬ビジネスに手を染めて自分も中毒になり、殺されるのが怖くなって仲間を売るという、どうしようもない奴だ。マフィアの世界に憧れ、その暗部にはまった男の叙事詩である本作。自分の命が狙われていると知った途端、逃げ出してしまう人物の目線だからこそ、私たちにもその恐ろしさが迫って来る。
 名作「ゴッドファーザー」は、マフィアのトップを描き、芸術性の高い作品に仕上がっているが、本作は決してトップにはなれない下っ端の生き様をリアルに描いている。NYの貧民街で、本物のマフィアの姿を見て育ったマーティン・スコセッシだからこそ撮れた作品だと言えるだろう。自由奔放に振る舞っているように見えて、実は上には何をされても我慢しなければならないという、意外に中間管理職的な実態。しかも血統が絶対条件で、イタリア系でなければどんなに優秀でもトップにはなれない。そんな現実を知ってしまうと、マフィアになってもそんな苦労をしなければならないのなら、堅気に生きた方が楽なのでは?と思ってしまう。強いけど、情けない。かっこいいけど、かっこ悪い。それが本当のマフィアなのかもしれない。

映画トップ