映画:忘れられない一瞬がある

「はじまりへの旅」
Captain Fantastic



ワイルドで型破りな家族の絆




 アメリカでわずか4館のみの公開からスタートしたが、その面白さが口コミで広まり600館にまで拡大。4ヵ月以上のロングランを記録した上、第89回アカデミー賞 主演男優賞にもノミネートされた。その他、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞受賞をはじめ、世界各国の映画祭でも大いに話題となった。父親役を演じたヴィゴ・モーテンセンは「イースタン・プロミス」でもアカデミー主演男優賞にノミネートされており、本作で2度目の主演男優賞ノミネートを果たしている名優。監督のマット・ロスは元々俳優として「12モンキーズ」「アメリカン・サイコ」「アビエイター」などにも出演。2012年に「あるふたりの情事、28の部屋」で監督デビューし、本作が長編2作目となる。マット・ロスは
〝現代のアメリカで、どのように子供を育てるべきか〟という自身の父としての悩みを原点に脚本を執筆したという。マット・ロスは「インディアン・ランナー」以降ずっとヴィゴ・モーテンセンを観ていたということで、本作の主人公・ベンは、ヴィゴ本人の魅力をそのまま反映しているようなキャラクターになっている。ちなみにヴィゴ・モーテンセンが作品の中で着ている赤いシャツは、彼の出世作「インディアン・ランナー」で着ていた物と同じデザイン。
 アメリカ西北部のワシントン州、森の奥深くで6人の子供と暮らしているベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)。彼らは森の中で野生動物を狩り、野菜を育て、鶏を飼育しながら究極
の自給自足生活を送っている。子供達は、日々サバイバル訓練を積んでいるので運動神経抜群。勉強はホームスクール方式で、日々多くの本を読み、数ヶ国語を話し、法律や憲法、哲学、宇宙理論まで学んでいる。ベンの厳格で熱心な教育によって子ども達はアスリート並の体力と天才的な頭脳を備えている。ある日、双極性障害で町の病院に入院していたベンの妻・レスリーが自ら命を絶ってしまい、ベンと子ども達は深い悲しみに暮れる。レスリーは仏教徒で、火葬にして遺灰をトイレに流して欲しい、葬式は笑いと音楽で送って欲しいという遺言を残していた。しかし、レスリーの葬式はニューメキシコの〝教会〟で行われるという。ベン一家は母親をキリスト教の〝教会〟から救い出し、最後の願いを叶えるためスティーブと名付けたバスに乗り、2400キロの旅に出発する。ところが、旅の途中で初めて知った都会の生活は、思春期の次男や大学へ進学したい長男の不満を爆発させるきっかけになってしまう。さらにレスリーの父からは非常識な子育てを咎められ、親権を奪うとまで言われてしまう。はたしてベンと子ども達の出した答えとは。そして、レスリーの望んだ葬式を無事行うことが出来るのか?
 印象に残ったのは、次男のレリアンが「普通がよかった」とベンに反抗するシーン。そんなレリアンに対し、ベンは「普通とは何か説明してみろ。納得させられたら考えを変える」と言う。〝普通〟という言葉を説明するのは難しい。〝普通〟の定義は人それぞれ違っているし、正解もない。自分の定義と異なる人を排除しようとする考え方は憎しみや争いを生むだけだし、否定するだけでは永遠に理解し合う事が出来ない。ベンのように「納得すれば考えを変える」というのは、簡単そうで実はとても難しいことだ。ベンの妹・ハーパーは自分の子ども達を〝普通〟に育てようとしているが、ハーパーの息子達はゲームに夢中で全く勉強をしない。大人になっても自分の身すら守れそうにない不健康で頼りない子ども達である。また、銀行の待合室で子ども達が「どうしてみんなこんなに太っているの?病気?」と言うシーンなども皮肉が効いていて面白かった。
 彼らの旅は、子ども達が社会との接点を持つ必要性に気づかせてくれる旅でもあった。消費産業を嫌悪し、より自然に近い生活を追求するベンの考えを否定することは出来ない。しかし、テレビもインターネットもない生活を送っているせいで、他人とのコミュニケーション方法が分からない子ども達は、それまで絶対だと思っていた父親の考え方に矛盾を感じ始める。ベンは、子ども達の成長や将来のためには森の中で孤立した生活をしていてはダメだという事実を突きつけられる。人間としての弱さを見せる父親の姿、それまで育てられてきた環境に疑問を抱き、自分の人生を見直していく子ども達、親離れ・子離れという通過儀礼がきちんと描かれているのがこの作品の素晴らしいところだ。父親といえどもパーフェクトじゃないし、ヒーローでもない。しかし、子供達の前でも間違いを潔く認められる素晴らしい父親だ。尊敬している父親に疑問を持ち始めた子ども達は、家族としても、人間としても大きく成長していく。子ども達が森の生活で経験した事は、きっと大人になってもいろんな形で役立つし、父親を誇りに思うだろう。原題の通りベンは〝素晴らしき船長〟なのだ。彼らが最後にたどり着く場所が一体どんな所で、何が〝はじまる〟のか?家
族のあり方や
子育て・教育の本質といった複雑なテーマを、ユーモアとペーソスをもって優しく描いた素晴らしいロードムービーだ。

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