映画:忘れられない一瞬がある
「ハンガー」
The Hunger


永遠の命への憧れと老いへの恐怖を美しく描いた吸血鬼映画





  まず、初めに断っておきたいのだが、この作品はホラーに分類されてはいるが、一般的な吸血鬼映画とは異なり血を吸った相手を次々と吸血鬼化させることはない。また、多量の血が噴出するような残酷なシーンもないので、ホラーが苦手という人でも比較的安心して観ることができる作品である。
 「ハンガー」は、美しい女性=カトリーヌ・ドヌーヴが女吸血鬼として登場し、美しい男性=デヴィッド・ボウイをはじめ、自分の気に入った相手を伴侶とするため吸血鬼にするという異色作。公開当初は酷評を受けたが、次第にカルト的人気を博すようになった隠れた名作でもある。監督のトニー・スコットは、巨匠リドリー・スコットの弟であり、後にトム・クルーズの「トップ・ガン」やロバート・レッドフォードとブラッド・ピット が共演した「スパイ・ゲーム」などを撮った人物で、この作品が実質的な映画デビュー作となっている。
 現代のニューヨークで人間に紛れてひっそりと暮らす美しい女吸血鬼・ミリアム(カトリーヌ・ドヌーヴ)。彼女は時代ごとに愛する人間を見つけては、その不老不死の血と永遠の美を与え伴侶にしてきた。傍らに寄り添う愛人の吸血鬼・ジョン(デヴィッド・ボウイ)は、18世紀のヨーロッパでミリアムと出会い、彼女に愛されることによって吸血鬼の力を得、以来ずっと彼女と共に過ごしている。
 しかし、生まれながらの吸血鬼であるミリアムと後天的に吸血鬼となったジョンとでは、その力に大きな差があった。ミリアムは定期的に人間の生き血を吸うことで永遠の若さを保つことができるが、ジョンの若さには限りがあるのだ。
 ある日、老化現象を研究している女医サラ(スーザン・サランドン)の画期的な研究成果を知ったミリアムは、彼女に興味を抱き、接近する。その頃、ジョンにも変化が起きる。老い始めたのだ。不安を感じたジョンは、サラの勤める病院に向かった。しかし、サラは面会を求め待ち続けるジョンを、多忙を理由にすっぽかした。サラを待つ間、分刻みに老化していくジョン。待ち切れなくなった彼が帰ろうとした時には、白髪の老人になってしまっていた。屋敷に戻ったジョンを見てもミリアムは驚かなかった。彼女がジョンにしてあげられることは、安らかに葬ることだけだ。他の愛人たちと同じように。  数日後、サラがミリアムの家にやって来た。屋敷のどこか異様な雰囲気に怯えながらもミリアムに魅入られたサラは、ミリアムに身体を与え、永遠の生命を約束される。逃げるように屋敷を去った彼女だったが、再びミリアムの元へ行きたくなる衝動を抑えることはできなかった。サラもすでに吸血鬼になりかかっていたのだ。苦悩しながらも再び屋敷を訪れ、最後の良心を振り絞ってミリアムの目の前で命を断つサラ。
 茫然自失となって屋敷内を彷徨うミリアムの背後に、数多くの黒い影が忍び寄る。屋根裏の枢の中からミイラとなった過去の愛人達が、ミリアムの愛を求めて蘇ったのだ。恐怖のあまり階段を転げ落ち、みるみる老いてゆくミリアム。そして、それを見守る愛人達…。
 長編映画デビュー作で、いきなりカトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・ボウイ、スーザン・サランドンという配役をやってのけたトニー・スコット監督には、ただただ脱帽としか言いようがない。デヴィッド・ボウイの端正ながらも強烈な印象を残す目と、ドヌーヴの人間離れした美貌は、まさに吸血鬼にピッタリである。本当に時代を超えて生きていそうな2人が 滅びの美 を表現する辺り、こういう雰囲気が好きな人にはたまらないだろう。
 作品のタイトル The Hunger は、直訳すれば「渇望」。美しく生きる事と、美しさに執着して生きる事の違いを耽美な映像でくっきり映し出す。永遠に歳をとることのないミリアム。彼女の屋敷の霊安室には、彼女がこれまで愛してきた愛人たちが累々と並べられている。ミリアムは、次々と愛人を作り、その愛人が年老いるとおもちゃを捨てるように棺に閉じこめ、新たな若い愛人を作っては傍らに寄り添わせる。しかし、彼女が永遠の愛を手に入れることは決してないのだ。
 退廃的で耽美的、さらさらと流れるような白いカーテン、差し込む光、窓際に佇む貴婦人。まるで夢を見ているように美しい映像と、永遠のパートナーを求めながら得られない悲劇、年老いて朽ちることへの恐怖が哀愁漂うシューベルトのピアノ三重奏曲と調和して、気品に満ちた作品に仕上がっている。
 冒頭、クラブでのライブシーンでバウハウスが「Bela Lugosi's dead(ベラルゴシの死)」を演奏しているというのも、好きな人にはたまらない演出だ。(ベラルゴシ=ドラキュラを演じた有名な役者)また、この作品にはウィレム・デフォーが 隣の公衆電話利用者 というチョイ役で出演しているのだが(わずか2カット、台詞1つ)、ウィレム・デフォーは後にデヴィッド・ボウイと「最後の誘惑」「バスキア」で、スーザン・サランドンとは「ライト・スリーパー」で共演することになる。
 トニー・スコット監督は、デヴィッド・ボウイのファンらしく、本人もボウイの美と存在感に魅せられていると話している。1999年に製作された「ザ・ハンガー プレミアム」というカナダのテレビ映画シリーズでは、兄のリドリー・スコットと共に製作総指揮を取り、ボウイをホスト役で起用しているので、ファンの方はこちらも要チェックの作品だ。

映画トップ