映画:忘れられない一瞬がある

「ハリーとトント」
Harry and TontoT



老人と猫が気ままに旅するロードムービー




 監督のポール・マザースキーは、女性映画の先駆け的作品として注目を集めた「結婚しない女」や、半自伝的な内容の「グリニッチ・ビレッジの青春」などで知られている。1953年、スタンリー・キューブリックの処女作「恐怖と欲望」で映画デビューを果たした後、構成作家として活動する傍ら、映画監督・脚本家・俳優として活躍し、五度にわたってアカデミー賞にノミネートされた。晩年は俳優としての活動が多く、アニメ映画「カンフー・パンダ2」にもボイスキャストとして参加した。2014年6月30日(現地時間)、米ロサンゼルスの病院で心肺機能の停止のため他界。享年84歳。また、本作では72歳のハリー役を演じた初主演のアート・カーニー(当時56歳)がアカデミー主演男優賞とゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞している。
 マンハッタンで暮らすハリー(アート・カーニー)は元国語教師で、今は年金生活。妻に先立たれ一人で暮らしているが、いつも蝶ネクタイ姿でお洒落だ。愛猫のトントは11歳の茶トラの雄。歌手になりたかったが、生活の安定のため教師の道を選んだというハリーは、歌ったりシェークスピアの台詞を口ずさんでは、トントに当てろと話しかけている。外出する時もいつもトントと一緒。ハリーの住むアパートは、区画整理のため立ち退きを迫られていたが、最後まで出て行かなかったため、ハリーは強制退去させられてしまう。トントと一緒にソファに座ったまま運び出され、大勢の見物人の前で「リア王」の独白で抗議するハリー。住む場所を失ったハリーは、仕方なくトントを連れて長男・バートの家に身を寄せる。しかし、長男の嫁に気兼ねしなければならず、シカゴにいる娘のシャーリーの所へ行く決心をする。バートは飛行機で行くことをすすめたが、トントを荷物検査に預けるのが嫌だと揉めて、陸路の旅に変更。長距離バスに乗り込んだものの、トントのトイレのためにバスを停めろと主張し、途中で降りなければならなくなる。結局、中古車を買って目的地に向かうことに。途中、コンミューンへ行くという10代の家出娘・ジンジャーに会い、彼女の勧めで初恋の相手ジェシーに会いに行く。ジェシーは認知症になって介護施設に居た。ハリーのことは思い出せなかったが、昔ダンサーだったことを覚えていたジェシーは、ハリーと一緒にダンスを踊ってひと時を過ごす。その後、本屋を経営するシャーリーの家に辿り着く。シャーリーのもとには、バート家の次男・ノーマンが来ていた。ノーマンは、無言を通すという〝 行〟で家族を戸惑わせていたが、そんな自分を否定しないでいてくれた祖父を慕っていたのだ。シャーリーは一緒に暮らそうと提案するが、ハリーはそれを断り、ジンジャー、ノーマンと共にアリゾナへ向かう。途中、意気投合したジンジャーとノーマンはヒッピーが集団で暮らすというコロラドに行くと決め、ハリーは2人に中古車を譲る。ハリーとトントは末息子・エディの住むロサンゼルスを目指しヒッチハイクをすることに。旅の途中、さまざまな人に出会う。猫好きということで意気投合したカウボーイ、高級売春婦、老インディアンの酋長ツー・フェザー。そして、ようやくロサンゼルスに到着し、エディと再会するが、良い身なりをしたエディは実は会社が倒産、自身も破産寸前だと涙を流して告白される。ハリーは一緒に暮らせないがお金を後で送ると優しく慰め、エディはハリーの家を探すと約束する。翌日、ハリーはトントの異変に気づき病院へ連れて行くが、その甲斐もなくトントは死んでしまう。西海岸に住み、かつての経験を活かし教師の仕事をして過ごすハリーは、ある日トントによく似た猫を見つけ、浜辺まで追いかけていく。浜辺では女の子が砂のお城を作って遊んでいた。ハリーは女の子の隣りに座ると、一緒にその城を作り始める…。
 本作は60年代後半から70年代に登場したアメリカン・ニューシネマに数えられ、当時のアメリカ社会の側面がハリーの目を通して描かれている。おおらかで魅力的な登場人物、セリフのユニークさ、ハリーとトントの微笑ましい姿が心に残る。後に「ロッキー」で大ブレイクしたB・コンティの音楽も良い。
 ハリーは知性と教養があり、自分を取り巻く人々を理解し、受け入れる温かい人物であると同時に少々頑固な面も持った魅力的な人物だ。家出娘と出会っても、説教じみたことは言わない。達観しているように見えるが、茶目っけ気も持っている。そんなハリーは当然みんなに好かれている。亡き友人ジェイコブも、ご近所の老婦人も、初対面の猫おばさんも「一緒に暮らそう」とハリーを誘うし、無言の行で家族を戸惑わせていたノーマンも、ハリーにはすんなり心を開いた。しかし、ハリーは一人で生きることを選択し、トントを相棒に人生を楽しんでいる。トントもそんな主人に付き合いながら、気ままに行動する。ハリーとトントとの距離感は、お互い敬意が感じられる程良いものだ。ハリーはトントと付き合うように、他の人間とも程良い距離感で付き合うことが出来るのだ。作中ではトントとの別れも淡々と描かれている。体調を崩したトントは動物病院の小さな個室の中で息を引き取るのだが、ハリーはずっとトントに歌い語りかける。トントが逝ってしまったのを悟ると「さよなら」と呟き退室…冷たいように思えるが、別れをくどくど描かないことでハリーがどれだけ相棒を愛していたかが伝わってくる。
 初恋の相手と50年ぶりに介護施設で再会するシーンや、孤独死した友人の遺体確認、トントとの別れを通して、ハリー自身に残された時間もそう長くないことが暗示されている。しかし、大切な者との別れを重ねながら生きるハリーは、老いを自然なこととして受け入れ、誰の世話にもならず、一人自由に生きることを選ぶ。ラストシーン、トントによく似た猫を追いかけて、ハリーは砂の城を作る女の子に出会う。監督のポール・マザースキーによると、子供が築く砂の城は〝未来〟の象徴だという(ちなみにこの女の子はマザースキーの実の娘である)。老いも死もいつか必ず訪れる。しかし、それは決して悲観することではない。そんなメッセージとともに、美しい夕暮れの風景で映画は終わる。人生の哀愁、切なさが作品全体に漂っていて、さりげないセリフの数々も心に残る。若い人は共感が難しいかもしれないが、人生も後半にさしかかり老いを感じ始めた…という人にはしみじみ考えさせられる作品である。

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