映画:忘れられない一瞬がある

「秘密と嘘」
Secrets&Lies



家族の衝突と再生をリアルに描いた秀作




 マイク・リーによる脚本・監督作品。1996年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、主演女優賞(ブレンダ・ブレシン)、国際批評家連盟賞の三冠を獲得した。マイク・リーは主に舞台でキャリアを積み、その後BBC製作のTV映画、劇場映画へと活躍の場を移していった人物。即興理論で映画を撮ることが有名で、カンヌ国際映画やヴェネツィア国際映画祭、アカデミー賞ノミネートの常連である。
 主人公のシンシアはロンドンの下町にある古い賃貸アパートで暮らすシングルマザー。21歳になる娘ロクサンヌと貧しい暮らしを送っている。反抗期のロクサンヌからは鬱陶しがられ、母娘の言い争いが日常茶飯事。月収は家賃を払うので精一杯。チェーンスモーカー、日々の買い物に出る以外はテレビを見るか雑誌を読んで過ごしている。シンシアは小さい頃に母親を亡くし、10代の頃から一家の暮らしを支えてきた。友達もなく、教養もなく、愛する男と暮らしたこともない。その孤独や寂しさが彼女の心を行き場のないものにしている。シンシアの弟、モーリスは友人のアトリエを譲り受け写真館を営んでいる。仕事は繁盛し、立派な家を新築して妻のモニカと二人で暮らしている。子供はいないが、夫婦仲は良い。モーリスは昔からロクサーヌを自分の子供のように可愛がっていたが、モニカのせいなのか最近は姿を現す機会が減っていた。
 ある日、シンシアに一本の電話が入る。電話の主は若い女性で、自分のことをシンシアの実の娘だと名乗る。半信半疑で女性に会いに行くと、そこには黒人女性、ホーテンスが待っていた。最初は驚 いたシンシアだったが、彼女には16歳の時に子供を出産し乳児院に養子に出した経験があり、ホーテンスが自分の実の娘だと気づく。二人はお茶を飲み、出生の話をし、現在の状況や養父母のことを話した。ホーテンスの養父は早くに亡くなり、母親も2ヵ月前に亡くなった。それがきっかけで本当の母親を探したいと思うようになったのだという。この出会いをきっかけに、二人は電話でやり取りをするようになり、シンシアはホーテンスに対して母親としての愛情を抱き始める。ある日、モーリスの新居祝いパーティーに招かれたシンシアは「何度も食事をするような友人」であるホーテンスも誘って良いかモーリスに電話をする。一緒に行くことをためらっているホーテンスにも是非一緒に行こうと誘う。そして当日。誰もホーテンスがシンシアの娘だと知らない。しかし、パーティーも終わりにさしかかりホーテンスが席を外した時、シンシアはホーテンスが自分の娘だという事実を告白する。パニックになるロクサーヌ。ホーテンスは、いつかは知られると覚悟していたらしく騒動をじっと見つめている。シンシアを罵るモニカに対し、シンシアは「子供が出来ない方が嫁としてよっぽどダメ」と言い返してしまう。モニカは、治療を続けても子供を授かれない不妊症で15年もの間苦しんで来たのだと告白する。隠していた秘密と嘘を告白し、本音でぶつかりあうことでバラバラだった家族が再生されていく…。 マイク・リーは、ほとんどの作品で脚本を使わず、俳優には徹底的に役になりきらせることで有名だが、「秘密と嘘」でもシチュエーションとシーンを記した簡単なメモを元に、俳優たちと長期リハーサルを行って役作りをしたという。驚きなのは、即興で演技をしたとは思えないほど各シーンの完成度が高いことだ。シンシアがホーテンスと地下鉄の駅前で初めて会うシーンでは、俳優同士の顔合わせをしないまま撮影が行われたという。シンシアの驚きぶりがリアルなのはそのためだ。終盤のパーティーでテーブルを囲む俳優陣の演技も、これが本当に台本なしの即興だとは信じられないほど素晴らしく、彼らの芝居を見るだけでも価値がある。それぞれが秘密と嘘を隠し食事を楽しんでいるように振舞うシーンは、談笑しているだけなのに観る側にヒリヒリとした緊張感が伝わってくる。娘や義妹との関係に悩み、再会した娘に愛情を感じ始めるシンシア役を演じ絶賛されたブレンダ・ブレシン、姉や姪、妻を愛する思慮深いモーリス役を演じるティモシー・スポールをはじめ、モーリスが営む写真館を訪れる様々な事情を抱えた客など、それぞれが身近に居そうな人物をリアルに演じている。
 シンプルなストーリーだが、登場人物一人ひとりの内面とその変化がしっかり描かれていて、まるで自分も当事者のように感情移入してしまう。タイトルの「秘密と嘘」は、皆が持っている人間の裏面だ。相手を思うが故の秘密や嘘もあれば、妬みや憎しみといったドロドロの感情もある。さまざまなトラブルの中で、積もり積もった不満が爆発しても、家族には相手をいたわる気持ちが根底にある。だからこそ、本音でぶつかり合う中でわだかまりが溶け、お互い大切な存在だということに改めて気づくのだ。「秘密と嘘、皆傷を持っている。分け合えば?」というモーリスの言葉は、本作が一番伝えたいことを代弁していると言っていいだろう。理解し合い、相手を許すこと。そうして初めて人は新たな一歩を踏み出すことが出来るのではないだろうか。ラストシーン、短いセリフで物語が閉じるタイミングも素晴らしい。
 家族だから一緒にいると安らげる。一方で、その近さが苦痛になることもある。ぶつかり合い、罵り合いながらも再生していく家族の姿を描いた本作は、イギリスらしい上品さに満ちた秀作である。

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