映画:忘れられない一瞬がある

「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」
The Imitation Game



戦争と差別に翻弄された天才数学者の孤独




 コンピューターの概念を初めて理論化した天才的頭脳の持ち主、アラン・チューリング。チューリングは第二次世界大戦でドイツ軍が使用した暗号システム〝エニグマ〟を解読し、イギリスを勝利に導いただけでなく戦争終結を2年以上早めたと言われている。しかし、暗号解読が機密作戦であったことから彼の功績はイギリス政府によって隠され続けてきた。本作はそんなチューリングの名誉回復のため、最大級の敬意を払って製作されたドラマである。アラン・チューリングを演じるのは、英国俳優ベネディクト・カンバーバッチ。テレビシリーズ「SHERLOCK」をはじめ話題作への出演で人気急上昇のカンバーバッチだが、本作は彼が是が非でもチューリング役を演じたいと切望した作品だった。カンバーバッチは、役づくりのために伝記や資料を読むだけでなく、チューリングの姪や彼の元同僚から話を聞いてその内面に迫ったという。チューリングの同僚ジョーン・クラーク役にはキーラ・ナイトレイ。チューリングのよき理解者を好演している。監督はノルウェー出身のモルテン・ティルドゥム、脚本・製作総指揮は本作で第87回アカデミー賞脚色賞を受賞したグレアム・ムーア。
 イギリスがドイツに宣戦布告した1939年、ロンドンから少し離れた町のブレッチリー無線機器製造所に数人の男が招聘される。そこはイギリス軍の暗号解読所であり、彼らはドイツ軍の暗号機エニグマを解読するために集められたのだ。メンバーはチェスの英国チャンピオンや言語学者など各分野の精鋭。その中に27歳のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)もいた。当時、エニグマを使ったドイツ軍の暗号を解読するのは絶対に不可能だと言われていた。その理由は暗号の組み合わせパターンの数にあり、10人が1日24時間調べ続けても全ての組み合わせを調べ終わるまでに2000万年かかるという天文学的な数だった。チームは暗号解読のために暗号文を分析するが、チューリングは人海戦術で行う解読には参加せず、一人で電子操作の解読マシンを作り始める。しばらくしてチューリングが考案したマシンの設計図が完成した。チューリングはデニストン中佐(チャールズ・ダンス)に10万ポンドの出資を申請するが却下される。そこで、チューリングはチャーチル首相に直訴の手紙を書き、MI6のミンギス少将(マーク・ストロング)に手紙を渡してくれるようお願いする。チャーチルはその嘆願を聞き入れ、資金を援助するとともに暗号解読のリーダーにチューリングを指名したのである。チームの人間はそれをよく思わず、お互いの溝が深まっていく。そんな中、新たにチームに加わったジョーン(キーラ・ナイトレイ)がチューリングの理解者となり、一人ではエニグマを解読できないと忠告する。この時からチューリングと周りの関係は徐々に改善され始め、ついにチューリングのマシンが完成する。マシンはクリストファーと名づけられた。クリストファーとは、孤独だった少年時代のチューリングに救いの手を差し伸べてくれた友人であり、初恋の相手だった。チューリングは、当時のイギリスでは犯罪とされていた同性愛者だったのである。
 チューリングたちは早速暗号の解読を行ったが、1日かけてもクリストファーが止まることはなかった。デニストン中佐はプロジェクトの中止を考えるが、仲間たちが抗議し1ヶ月の猶予を与えられることになる。
その後、チームは予想もしなかったきっかけをヒントに暗号解読に成功し、イギリスは戦争に勝利する。
その後、ミンギス少将はチームのメンバーたちに仕事の一切を破棄するよう指示し、仕事内容の口外や彼らが再び会うことを禁じた。
 1951年のある日、チューリングの自宅に泥棒が入り、警察から事情聴取を受ける。その過程で泥棒の手引きをした19歳の青年と同性愛関係にあったことが警察に知られてしまう。チューリングは逮捕され、有罪が確定する。2年間の服役か女性ホルモンを投与する治療、そのどちらかを選択しなければならなかったチューリングは、ホルモン治療を選択する。しかし、彼の心と身体は次第にボロボロになってゆく。1954年6月7日、チューリングは41才の若さで生涯を終えた。死因は青酸中毒。ベッドの脇には齧りかけのリンゴが落ちていたことから、白雪姫の物語になぞらえて林檎に青酸化合物を含ませ口にした自殺とも、趣味で化学実験をしていたチューリングの自宅には危険な薬物があったので純粋な事故だとも、軍の機密事項を知っていたために暗殺されたとも言われており真相は闇のままである。2009年、ブラウン英首相が「アランは人類への貢献者として認められるのがふさわしい」と述べた上で、イギリス政府として正式にチューリングに謝罪した。2013年12月24日にはエリザベス2世女王の名をもって正式に死後恩赦が与えられ、名誉回復がなされた。
 戦争終結を早めることで多くの人命を救い、情報科学の礎を築くという偉業を成し遂げたアラン・チューリング。もしチューリングが生きていたら、世界は今と違っていたかもしれない。それほど影響力のある天才だった。イギリス政府が彼の業績を正当に評価していたら…チューリングが差別の犠牲にならなかったら…
今さら何を言っても無駄なのは充分承知しているが、それでも彼の無念さ、悔しさを思うと憤りを抱かずにはいられない。偉大な功績に反し、あまりにも不遇なチューリングの人生。しかし、作品中では「時には思いも寄らぬ人物が偉業を成し遂げることがある」というポジティブな台詞が何度も繰り返されている。これは制作陣から観客へのメッセージなのだろう。お気楽なハッピーエンドで元気になるのもいいが、時には本作のような作品を鑑賞し、その深みについてじっくり考えてみてはいかがだろうか。

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