映画:忘れられない一瞬がある

「眠れぬ夜のために」
Into the Night



不眠症の男が国際的陰謀に巻き込まれるサスペンス・コメディ




 監督は「ブルース・ブラザース」(1980年)や「狼男アメリカン」(1981年)などで気鋭の若手監督として注目されていたジョン・ランディス。「狼男アメリカン」を観たマイケル・ジャクソンがぜひミュージックビデオの製作を任せたいと希望して、あの「スリラー」が誕生したのは有名な話だ。ちなみに、「スリラー」の特殊メイクは「狼男アメリカン」のリック・ベイカーが担当(ゾンビとしても出演)している。まさに'80年代を代表するヒット・メーカーだったジョン・ランディス。しかし「スリラー」撮影直後の1982年、映画「トワイライトゾーン/超次元の体験」の撮影中、主演俳優のヴィック・モローと子役2人がヘリコプターの落下事故により命を落とすという悲劇的な事故が起きる。ジョン・ランディスと他の4人のクルーが過失致死罪で起訴された。それと同時に児童労働に関するカリフォルニア州法を破った罪にも問われたが、陪審裁判の結果、1987年に公訴棄却となった。(この事件以後、カリフォルニア州では児童労働に関する法律が厳格化された)。死亡事故を起こしたランディス自身の精神的打撃も大きく、彼は1年近く監督業から遠ざかっていた。きっと本作の制作中にも事故の影響を引きずっていただろう。眠れない夜、行く先の分からない逃亡劇は、ランディス自身の心象風景を投影しているのかもしれない。とは言え、本作はランディスが得意とするシュールさ、コミカルでテンポの良いアクション・シーン満載のサスペンス・コメディに仕上がっている。主演は共に初主演のミシェル・ファイファーとジェフ・ゴールドブラム。彼らはこの作品の後、大作に出演するようになるのだが、2人の個性を引き出した演出も素晴らしい。
 物語の舞台はロスアンジェルス。不眠症に悩んでいる工学技師エド(ジェフ・ゴールドブラム)は今夜も眠れずにいる。不眠症のせいで夫婦生活も仕事もうまくいっていない。重要な会議の最中、強烈な眠気に襲われたエドが仮眠を取ろうと自宅に戻ると、妻が寝室で浮気をしていた。以前から同僚ハーブ(ダン・エイクロイド)に気晴らしのラスベガス行きを勧められていた彼は、深夜に思い立って1人ロスアンジェルス国際空港へ。空港の駐車場で物思いに耽っていた時、数人の男に追われる美女(ミシェル・ファイファー)が突然飛び込んで来る。「このまま早く逃げて。警察には通報しないで」と焦る彼女を車に乗せたエドもまた追われる身となってしまう。なぜ追われるのか、何を隠しているのか、何も分からないままダイアナと名乗る彼女の指定する場所へ向うエド。しかし、ロスアンジェルスをあちこち連れ回された挙句、車まで警察にレッカーされてしまう。不信感を募らせるエドに、ダイアナはようやく真相を明かした。彼女は国際密輸組織の運び屋として、イラン王家伝来の宝石である6つのエメラルドを密輸したせいでイラン秘密警察や国際シンジケートなど幾つもの組織から追われていたのだ。ダイアナは宝石を組織の一味である男に渡すことになっていたが、その直前で男はイラン秘密警察に暗殺され、彼女も生命を狙われていた。事件に巻き込まれることを嫌いながらも大胆な機転で危機を切り抜けて行くエド。イギリス人の殺し屋コリン(デヴィッド・ボウイ)やフランス人マフィアのメルヴィル(ロジェ・ヴァディム)からも機転を利かせて逃げ出し、最後の頼みの綱としてダイアナの愛人だった大富豪の老人ジャック・ケイパー(リチャード・ファーンズワース)のもとを訪れる。そこで、自分たちの運命を握る相手がイラン秘密警察の女ボス、シャヒーン(イレーネ・パパス)だと知った2人は、一か八かの賭けに出る…。
 不眠症なので常にぼーっとしているだけなのに、飄々とした凄腕と勘違いされてしまうエドがじわじわと面白い。数年間にも及ぶエドの不眠症は、平凡すぎて変化も刺激もない日常が原因だった。そんな彼がある夜、突然今までの人生では無縁だったスリリングな事件に巻き込まれてしまう。その非現実的な浮遊感、シュールさが全編に漂い、まるで夢を見ているような不思議な雰囲気を醸し出している。
 そして、何よりも見どころなのは映画監督や俳優のカメオ出演。ランディスの作品は、毎回いろんなゲストがカメオ出演するのが特徴だが、「トワイライト~」事件後のランディスを支援する意味もあったのか、多数の俳優や映画監督が出演している。デヴィッド・ボウイのエキセントリックな殺し屋をはじめ、ダン・エイクロイド、リチャード・ファンズワースに、ギリシャの名女優イレーネ・パパス、クローネンバーグやドン・シーゲル、ポール・マザースキー、ローレンス・カスダン、ロジェ・ヴァディムなどなど、名監督が続々と登場する。彼らがクセのある役どころを演じているレアな姿が観られるのも映画好きにはたまらない。ランディス自身もイランの秘密警察役で出演しており、空港でのクライマックス・シーンで壮絶な死を遂げている。また、音楽がブルースの神様、B・B・キングというのも嬉しい。夜の空港に旅客機が着陸する映像に「In to the night」が被さるオープニングを始め、「My Lucille」「In the Midnight Hour」など'80年代のムードたっぷり。この時代が好きな人は音楽にも酔いしれること間違いなし。「眠れぬ夜のために」は娯楽映画の隠れた名作である。

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