映画:忘れられない一瞬がある

「情婦」
Witness for the Prosecution



間違いなく最高峰に君臨するミステリーの傑作




 原作はアガサ・クリスティが短編小説として発表した法廷ミステリー。この作品はクリスティが一番お気に入りの映画化作品としても有名である。原題は「Witness for the Prosecution(検察側の証人)」。監督のビリー・ワイルダーには数多くの傑作があるが、中でも本作はミステリー映画史上に残る名作として高い評価を得ている。「情婦」というタイトルには昼メロ的なイメージがあるので、この邦題が原因で敬遠している人もいるのではないかと思うが、鑑賞してみると、この邦題の意味も理解できる。
 物語の舞台はロンドン。退院したばかりの老弁護士・ウィルフリッド卿(チャールズ・ロートン)は有名な法廷弁護士。病み上がりということもあって、酒・タバコは禁止、刑事事件も引き受けてはならず、おまけに口うるさい看護婦ミス・プリムソル(エルザ・ランチェスター)の付き添いにうんざりしている。ある日、安静にしていなければならないウィルフリッド卿の元に、友人の弁護士が依頼人を連れてくる。最初は断るつもりだったウィルフリッド卿だが、話を聞くうちに事件に興味を持ち始める。
 依頼人はレナード・ヴォール(タイロン・パワー)という発明技術者。知人の裕福な未亡人が殺され、彼に嫌疑がかかっているという。無実を証明できるのはレナードの妻クリスチーネ(マレーネ・ディートリッヒ)だけ。状況証拠からみてもレナードが犯人としか思えない不利な状況だ。話をすべて聞き終わる頃、警察が到着しレナードは逮捕されてしまう。レナードの逮捕直後、妻・クリスチーネもウィルフリッド卿のもとを訪れる。クリスチーネはレナードのアリバイを証言すると約束するのだが、彼女の態度に釈然としないものを感じたウィルフリッド卿は、周囲の心配や看護婦の猛烈な反対を押し切り、クリスチーネを証言台に立たせずに弁護することを決意する。
 裁判の日。すべてがレナードにとって不利な状況だったが、ウィルフリッド卿の機転の利いた弁護で決定的有罪にはならない。ところが検察側の証言人としてクリスチーネが登場し、レナードを陥れる虚偽の証言をする。その結果、レナードの有罪は確定的になってしまう。敗北を味わいつつあったウィルフリッド卿のもとに一本の電話がかかってくる。電話の主が言った場所で手に入れたものの存在により、裁判は意外な方向へ動き出すことになる…。
 ビリー・ワイルダーらしいコミカルな部分もあるが、ひと言ひと言のセリフ、描写の全てに無駄がなく、周到に計算されていて気を抜くことができない。もちろんクリスティの原作ありきではあるが、それでも登場人物のキャラクター設定が素晴らしい。また、小道具を効果的に使った演出も面白く、モノクロの映画だがストーリーはまったく色褪せていない。
 二転三転するストーリーが活きているのは、何と言ってもメインキャスト4人の絶妙なバランスと演技力だろう。まず、チャールズ・ロートン演じるウィルフリッド卿。最初は病み上がりの毒舌弁護士として登場するが、このウィルフリッド卿と看護婦ミス・プリムソルの夫婦漫才のようなやりとりが秀逸だ。頑固だがお茶目で可愛い所もあるウィルフリッド卿。しかし、裁判が始まると法廷弁護士としての実力を発揮する。このギャップも非常に魅力的だ。チャールズ・ロートンと看護婦役のエルザ・ランチェスターは実生活でも夫婦だったので、2人の息がぴったりなのも納得。この作品でロートンがアカデミー賞主演男優賞、ランチェスターが助演女優賞にそれぞれノミネートされた。ともにオスカーは逃したが、ランチェスターはゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞した。ロートンとランチェスター夫妻はイギリス時代から多くの共演作があるが、ロートンが1962年に死去したため、本作が最後の共演映画となった。また、本作で演技派として新境地を開いたと高い評価を受けたレナード役のタイロン・パワーも、次作の撮影中に心臓発作で急死し、本作が遺作となった。
 そして、やはり世界的名女優マレーネ・ディートリッヒの存在感!彼女が登場した瞬間、作品の雰囲気がガラッと変わるのが分かる。これが大スターのオーラなんだなと納得できる凄み、当時56歳とは思えない若さ、脚線美に驚嘆するしかない。ちなみに弁護士役のチャールズ・ロートンは実年齢が彼女より2つ年上なだけだという。この作品の映画化が決定した当初からディートリッヒはクリスチーネ役を熱望していたが、エヴァ・ガードナーやリタ・ヘイワースにも出演交渉がなされていたという。しかしワイルダー監督はこれに反対し、予定通りワイルダー監督が熱望していたディートリッヒが起用された。
 公開当時、映画の最後に「この映画の結末は、まだ見ていない人に話さないでください」というテロップが流れることでも話題になった本作だが、このことからもワイルダー監督が多くの人に楽しんで欲しいと願っていたことが感じられる。最近は、途中でオチが分かってしまう作品も多いが、この作品のラストを想像出来る人はまずいないのではないだろうか。丁寧に作り込まれた古き良き名作の持つ凄み、味わい深さをぜひ堪能していただきたい。

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