映画:忘れられない一瞬がある

「鑑定士と顔のない依頼人」
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切なく味わい深い極上のミステリー




 「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」「マレーナ」の名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督が、85歳にして初めてデジタル映像で撮った作品。主演は「シャイン」「恋に落ちたシェイクスピア」「英国王のスピーチ」などで多様な役柄を演じてきたジェフリー・ラッシュ。音楽はトルナトーレ作品常連のエンニオ・モリコーネが担当している。この作品はイタリアのアカデミー賞と言われるダビッド・ディ・ドナテッロ賞で、作品賞、監督賞、音楽賞をはじめ6部門を受賞。「結末を知るともう一度観たくなる」ため、2回目は1000円で観られるというリピーター割サービスが実施された事でも話題になった。
 主人公のヴァージル(ジェフリー・ラッシュ)は美術鑑定士として卓越した鑑定眼を持ち、成功を収めている。しかし、人間嫌いで潔癖症の彼は美術品しか愛することができない。携帯電話を使う時はハンカチに包んで使用し、食事する時ですら手袋を外さない。馴染みのレストランでは自分専用の食器を使い、レストランの従業員が用意してくれた誕生日ケーキも「今日は誕生日ではない」と拒絶する。豪邸に1人で住んでいる彼のクローゼットには洋服の他に手袋専用の棚があり、何十組もの手袋が整然と並べられている。そんな潔癖なヴァージルだが、自らが仕切るオークションで狙いを定めた女性の肖像画を価格操作し、友人のビリー(ドナルド・サザーランド)にその絵を安値で落札させ、それらを密かにコレクションするという悪どい一面も持ち合わせている。
 ある日、クレア(シルヴィア・ホークス)と名乗る女性から、両親の遺産を査定して欲しいという依頼の電話がかかってくる。ヴァージルはその屋敷に趣くが、依頼人は口実を重ねて姿を現さない。クレアに翻弄され不信感を抱くヴァージルだったが、屋敷の地下で古い金属部品を見つけ、修理店主のロバート(ジム・スタージェス)に調べさせる。すると、それが希少な18世紀の西洋式からくり人形(オートマタ)の部品であることが判明し、手を引けなくなる。その後、クレアが広場恐怖症を患っていることを知り、何かと面倒を見るうちヴァージルにとって彼女はかけがえのない存在になっていくのだが…。
 トルナトーレ監督が、最初からジェフリー・ラッシュを念頭に置いて脚本を書いたというだけあって、ジェフリー・ラッシュは、まさにヴァージルそのもの。人間嫌いの老紳士が、それまで築き上げた自分の世界を崩し、次第に恋に傾いてゆく過程を見事に演じている。ヴァージルは芸術品の真贋を見分ける天才的な才能を持ち、優秀な競売人でもある。世界中の美術オークションを飛び回り、絵画や彫刻など歴史的名作の価値を決定していく。しかし、実生活では人と深く関わる事が出来ない。生身の女性と付き合ったことがなく生涯独身、自宅の秘密部屋で美女の肖像画を眺めるのが唯一の楽しみという変わり者だ。ヴァージルが他人と深く関われないのは、不幸な生い立ちによる内面の弱さ故であると次第に分かってくるのだが、彼は美術品の真贋を瞬時に見分けられる才能があっても、人間の本質を見極めるだけの経験は持たないまま年老いてしまったのだ。全てはヴァージルの自業自得なのだが、その代償はあまりにも大きかった。
 この作品は単なるミステリーではなく、初老の男性の初恋というラブ・ストーリーでもある。最初はヴァージルの偏屈なキャラクターに辟易するのだが、その偏屈な男が老齢での初恋にとまどいながら、今まで大切にしていた仕事から気持ちが離れていく様子を見ていると、可愛くもあり、可哀想でもある。クレアとの距離が近くなるにつれてヴァージルは手袋をはずし、人に心を開いていく。それは素晴らしい事であるはずなのだが、観る側は(ヴァージル、ヤバいんじゃないか?何か落とし穴があるんじゃないか!?)とハラハラせずにはいられない。
 監督曰く、この作品はハッピーエンドとのことで、 「わたし自身、この映画の結末は、非常にポジティブなものだと思っています。愛を信じる人たちには勝利ですが、愛を信じない人には暗いエンディングに思えることでしょう」「わたしがこの映画で伝えたかったことは、愛そのものです。もし、その意味がわからなければ、ぜひ何度でも観てみていただければと思います」と述べている。監督の言葉を踏まえた上で再度鑑賞してみると、随所に仕掛けられた意味深なセリフや伏線に気づかされる。周到に作り込まれた脚本の深み、そして重厚な映像美はさすがトルナトーレ!
 数々の伏線をどう捉えるかによって悲惨な結末とも取れるし、希望がある終わり方だと解釈する事もできる。ラストについても時系列をあえて分らなくして、結末は鑑賞者に委ねられている。エンディングの曲が切なさと哀愁を掻き立て、エンドロールの間さまざまに思いを巡らさずにはいられない。あの手紙の差出人は誰だったのか、ヴァージルが最後に言ったセリフはどういう意味だったのか…。
 本当に素晴らしい映画というのは、鑑賞し終わった後で誰かとその映画について語り合いたい、他の人の感想を聞いてみたいと思わずにいられない作品だと思う。この作品はまさにそうだ。ミステリーの醍醐味と素晴らしい美術品も堪能できる本作は、間違いなく歴史にその名を残すであろう名作である。

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