映画:忘れられない一瞬がある

「蜘蛛女」
Romeo Is Bleeding


90年代フィルム・ノワールの名作





 ノワールという単語はフランス語で黒を意味し、リアルな手法で犯罪を描いた作品を表す言葉として使われている。物語の構成も回想やモノローグを挟んで描かれ、しばしば男を墜落させるファム・ファタール(運命の女・悪女)が登場して主人公を墜落させる。本作も、マフィアの女ボスが蜘蛛の巣に絡め捕るが如く、男たちを破滅に追い込んでいく物語である。
 この作品は、女性脚本家のヒラリー・ヘンキンが映画化の7年以上前に書き上げていたが、映画化不可能とされ長い間 幻の脚本 となっていた。蜘蛛女のモンスターぶりをいかに描写するか、という部分にこの作品の成否がかかっていた訳だが、その点で言うと本作はほぼパーフェクト。とにかく蜘蛛女役のレナ・オリンの映画史に残る怪演ぶりは尋常ではない。
 原題の「Romeo Is Bleeding」はトム・ウェイツの曲名から取られているが、作品中でジャックが同僚からRomeo(色男)と揶揄されているところにも繋がっている。
 ゲイリー・オールドマン演じるジャックは、万年巡査部長の生活から抜け出すためにマフィアと内通し、情報を提供して賄賂を受け取る悪徳刑事。美しい妻のナタリー(アナベラ・シオラ)とは倦怠期を感じつつも愛し合っている。しかも、若く魅力的な愛人シェリー(ジュリエット・ルイス)まで囲い、申し分のない生活を送っていた。しかし、そんな彼の生活は一人の女によって激変することになる。  ある日、ジャックにロシア出身の女マフィア、モナの護送命令が下る。モナは目的のためなら手段を選ばない残忍な女で、昔恋人だったマフィアのドン、ファルコーネ(ロイ・シャイダー)さえ彼女を恐れていた。マフィアはモナの抹殺を企んでいたが、モナはFBIへ受け渡した直後にまんまと失踪してしまう。ファルコーネはモナ抹殺失敗の責任をジャックに負わせ、ジャックにモナ殺害を命じる。追い詰められたジャックは、妻のナタリーと愛人のシェリーを逃がし、独り身になってモナの行方を追う。
 ところが、一枚上手のモナはこうした取引が行われていることを見通し、マフィアの5倍の報酬でジャックを抱き込み、モナの死亡通知を偽造する話を持ちかける。半ば自暴自棄になったジャックは、そんなモナの誘いに乗ってしまう。ところが、モナは偽造文書を持ってきたジャックを爆笑しながら殺そうとする。
 間一髪で彼女の毒牙を逃れたジャックだったが、結局モナには逃げられてしまう。逃げたモナは自分の左腕を自分で切り落とし、ジャックの愛人のシェリーの死体と自分の腕を一緒に燃やし、自分の死を警察とマフィアに一旦信じ込ませる。そして、自分を殺そうとしたマフィアのドン、ファルコーネを捕え、彼を生き埋めにして殺してしまう。
 モナはさらにジャックの汚職ぶりを通報して彼を逮捕させ、自分は司法取引で自由を得ようとする。逮捕されたジャックと、自由の身になろうとするモナ。果たして2人の対決の結末は…。
 5年後、ジャックは警察の保護を受けつつ、名前を変えてアリゾナ州でダイナーを経営しながら一人寂しく暮らしている。まだ自分のことを愛してくれているのなら、毎年5月1日か、12月1日のどちらかに訪ねて来てほしい。別れ際にそう言った自分の言葉を守って、ジャックは妻のことをじっと待っている。「愛が不安と背中合わせなのは、与えられるとは限らないからだ」そう述懐していたジャックは、荒野のダイナーで妻を待ち続ける…。
 この作品は、女殺し屋モナがとにかく強烈!モナを演じるレナ・オリンは1956年生まれ、スウェーデン出身。(ちなみにレナ・オリンの現在の夫はラッセ・ハルストレムである。)  押しの強さや口の巧さ、頭の良さに加え、彼女のハスキーボイスの高笑いは、一度観るとトラウマになること必至である。手錠を後ろ手にかけられたまま、運転中のジャックの首を長い足で絞めるシーンなどは、まさに蜘蛛女。こんなに恐くなくてもいいのに…と怯えてしまうほどの恐ろしさ。やはり、女性脚本家だからこそ、女性の執念深さや恐ろしさをここまで表現できるのだろう。
 そして、強く逞しい毒蜘蛛のような女と比較すると、まるで弱々しい羽虫のように破滅してゆく男、ジャック。彼を演じるゲイリー・オールドマンがまた秀逸。この作品に惚れ込み、5年の歳月をかけて役作りをしたというゲイリー・オールドマンの情けないダメ男ぶり、自業自得だと思いながらもついつい彼に同情してしまうラストシーン。本当にゲイリー・オールドマンはこういう姑息な小物役が似合うなぁ、としみじみ感じてしまう。 エキセントリックな役を演じさせたら当代随一 と言われ、『レオン』や『フィフス・エレメント』等でもキレた悪役を演じているゲイリー・オールドマンだが、本人は役柄とは対照的に謙虚で子煩悩な性格で、最近は「子供に見せられないような役は演じたくない」と、悪役のオファーを断っているのだとか。ファンにとっては少し残念な話である。
 「本当に経験する地獄は、空想の物とは違う。業火や硫黄、悪魔などは空想の産物だ。何が地獄か…。肝心なことを見失っている時こそが地獄だ。」
 ジャックの場合、肝心なこととは愛する妻が自分の側にいてくれるということだった。倦怠期だった頃の生活がどれほど幸福な時間だったのか、彼にとって本当の地獄とは何だったのか。全てを失って初めて気づく大切なもの、どんなに悔やんでも決して取り戻すことの出来ない喪失感。ジャックのこの深い孤独こそが、この作品の本当のテーマだと言えるのではないだろうか。深い余韻が残る名作である。

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