映画:忘れられない一瞬がある

「ラースと、その彼女」
Lars and the Real Girl



優しさに溢れた大人のファンタジー




 新進の女性脚本家ナンシー・オリバーのシナリオを、16年間テレビコマーシャルの監督として経験を積んだクレイグ・ギレスピーが4年がかりで完成させた作品。この作品の主役、ライアン・ゴズリングは「きみに読む物語」や「ドライヴ」、「ブルーバレンタイン」をはじめ第89回アカデミー賞で最多13部門にノミネートされた「ラ・ラ・ ランド」に出演するなど、今やハリウッドを代表する注目の若手俳優。本作では今までと全然違う繊細な青年役を見事に演じている。他にも兄役のポール・シュナイダーをはじめ、義姉役のエミリー・モーティマー、医師役のパトリシア・クラークソン、そしてラースに恋するケリ・ガーナーなど助演陣の演技も素晴らしい。
 舞台はアメリカの小さな田舎町。27歳のラース(ライアン・ゴズリング)は、心優しく町の皆に好かれている青年だが、人とのコミュニケーションが苦手で他人との繋がりを避けて生活している。兄のガス(ポール・シュナイダー)とその妻カリン(エミリー・モーティマー)の暮らす実家のガレージで一人静かに暮らすラースを気にかけ、カリンは何度も食事に招待するのだが、ラースはあれこれ理由をつけて毎回断っている。
 ある日、ラースは職場で同僚に「リアルドールはいいぞ」と話しかけられる。本物の女性そっくりの肌触りに体重、オプションで年齢や国籍も自由に設定できるという。関心のない素振りを見せるラースだが、彼の心に何かが響いた。6週間後、ラースが珍しく兄夫婦の家を訪れる。「会わせたい女性がいるんだ」と恥ずかしそうに告げるラース。「彼女は外国人で、言葉が不自由なんだ」「移動には車椅子が必要なんだ」という言葉に、驚きとともに嬉しさと期待でうんうんと頷くガス&カリン。しかし、ラースが恋人として紹介したのはリアルドールのビアンカだった…。
 とまどいながらも話を合わせるカリンと、茫然自失のガス。カリンはビアンカの健康状態が心配だという口実で、医師のバーマン先生(パトリシア・クラークソン)のところへラースを連れて行く。バーマン先生は「ラースが必要としているからビアンカは実在している」と診断し、ガスたちにもビアンカを生きた人間として扱うよう諭す。ガスとカリンは、牧師の家に町の人々を集め、ラースの妄想に付き合ってくれるよう協力をお願いする。最初は驚きながらも、あくまでラースとビアンカを普通のカップルのように扱う町の人々。ビアンカは町の洋服屋さんで働くようになり、教会のボランティアにも参加する。ラースもビアンカと一緒に行動することで人の輪のなかに入っていけるようになる。次第にビアンカはラースがいなくても必要とされる存在になっていく。そんなビアンカに苛立ちを覚えるラースは、しばしばビアンカと喧嘩をするようになる。そんなある日、ラースの知らない所でビアンカの予定が組まれていた。「みんな自分勝手すぎる。人の事なんかどうでもいいんだ」と怒るラース。それを聞いたカリンは「ビアンカが町になじんでいるのはなぜだと思う?みんなラースが好きだからよ。どうでもいいなんて二度と言わないで!」とラースを叱る。そして、ラースの心に変化が生じてゆく。ラースはビアンカにプロポーズするが、ビアンカはプロポーズを拒否し、ラースに大人になることを求める。そしてある朝、ラースの叫び声で兄夫婦が駆けつけると、危篤状態になったビアンカをラースが涙を流しながらゆすっていた。とまどう兄夫婦にバーマン先生は告げる。「これはラースが決めたのよ。昏睡状態も、もう長くはないという話も。これまでのことも、すべてラースが決めて来たの。」ビアンカを家に連れ帰り看病するラース。ふと家の外へ出ると、町の人々からビアンカへお見舞いの花束がたくさん並んでいた。その花束を見つめ何かを想うラース。ガス&カリンとともに湖へ出かけたラースとビアンカは湖のほとりで2人きりで過ごす。そして涙を流すラースは何かを決意する…。
 最初は不思議な力が働いてビアンカが本物の人間になるようなオチなのかと思っていたが、そんな急展開はなく、とにかく人々の温かさが感じられる作品だった。ひとつ間違えるとイロモノになりかねないテーマを見事な物語に仕上げた制作陣にはただただ脱帽。ラースが抱えている対人恐怖症という問題は、女性に直接触れられると痛みを感じるほどで、人の好意も苦痛に感じてしまうというもの。それは母親がラースを出産後に他界したというトラウマが原因だった。母親が死んだ後、父は塞ぎこむようになり、そんな家の雰囲気を嫌った兄のガスは早くに家を飛び出した。ラースは自分のせいで家族がバラバラになったという罪悪感から人との触れ合いを恐怖や痛みとして感じるようになってしまったのだ。痛みを感じずに触れ合えるリアルドールのビアンカを恋人に選んだのは必然だったのだろう。
 バーマン先生はビアンカを通じてラースがトラウマから解放されることを見通していた。そして、プロポーズを断られたとしょげるラースが、現在の自分を否定し始めていることを見抜く。ラースが大人の世界へ一歩踏み出したとき、ビアンカはその使命を終えたのだ。ラースは自分なりに自己防御し、必要な過程を経て成長することができた。ラースを見守る町の人々がビアンカを普通の人間として扱い、救急車を呼んだり葬式に参加するのは一見ばかばかしい。でも、彼らはそのばかばかしいことに付き合いながらラースに「好きだよ」と伝え続けていたのだ。力ずくで外の世界に引っぱり出したり薬で治療をしなくても、ただ温かく見守るだけで人の心は再生できる。そんなメッセージが心の琴線に触れる、繊細で優しい作品だ。

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