映画:忘れられない一瞬がある

「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」
The Three Burials of Melquiades Estrada


男が描く、男の友情




 本作は名優トミー・リー・ジョーンズの長編初監督作品である。脚本はギジェルモ・アリアガ。メキシコ・シティでも最も治安の悪い地区に育ち、喧嘩の傷が元で13歳の時に嗅覚を失ったというギジェルモ・アリアガは「アモーレス・ペロス」「21グラム」「バベル」などの脚本で知られている。撮影監督は「キリング・フィールド」「ミッション」「愛を読むひと」「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」などを手掛けたクリス・メンゲスが担当。ちなみに物語の中で主人公たちに肉を分け与えるメキシコ人役としてギジェルモ・アリアガが特別出演している。本作でトミー・リー・ジョーンズはカンヌ国際映画祭男優賞、ギジェルモ・アリアガは脚本賞を受賞。パルムドールにもノミネートされた。
 物語はタイトル通り3度埋葬された男の物語である。テキサスの砂漠で1人の男の遺体が見つかった。男の名はメルキアデス・エストラーダ(フリオ・セザール・セディージョ)、メキシコ人のカウボーイであった。彼はピート(トミー・リー・ジョーンズ)が心から信頼していた友人だった。ピートは必死になって犯人を捜そうとするが、地元警察はろくに調査もせず闇に葬ろうとする。そこにはどうせ不法入国者のメキシコ人だからという差別意識が露骨に表れている。しかし、ピートは犯人が国境警備員マイク(バリー・ペッパー)であることを突き止め、彼を拉致。「俺が死んだら故郷のヒメネスに埋葬してくれ」というメルキアデスとの約束を守るため、マイクに遺体を掘り起こさせる。そして、メルキアデスの家に連れて行き、メルキアデスの使っていたコップで水を飲ませる。さらにメルキアデスの着ていた服に着替えさせ、男2人と死体でメルキアデスの故郷、ヒメネスを目指す。そして長く危険な旅の中の果て、ようやくメルキアデスの妻を発見するのだが…。
 作品の後半は、腐りかけた死体と一緒に旅をするというシュールなシチュエーションのロード・ムービーだ。この設定ですぐに思い浮かぶのはサム・ペキンパーの「ガルシアの首」だろう。しかし、「ガルシアの首」の殺伐とした雰囲気に対し、本作にはどことなくユーモアが漂っている。メルキアデスの顔面にたかるアリを取り除くために頭に油をかけて燃やすわ、不凍液をホースで口の中に流し込むわ、ぼさぼさになったメルキアデスの髪の毛を梳かしてあげようと鋤をかけると、髪の毛がごっそり抜けてしまうわ…と、思わず笑ってしまうシーンが出てくるのだが、それはどんどん腐敗していく親友を前に途方に暮れるトミー・リー・ジョーンズの演技が上手いからだ。 本作に登場するメルキアデスの死体は全く気持ち悪くないし、扱いが人間味にあふれていて微笑ましさすら感じる。
 一方、傲慢な青二才のマイクは不慮の事故だという意識が強く、最初は言い訳や反抗ばかりしている。そんなマイクに、メルキアデスの死体の隣で寝ることを強要するピート。旅の中でマイクは散々な目に遭うのだが、ピートの行為は復讐などではない。言葉は通じなくても拍子抜けするぐらい親切な通りがかりのメキシコ人達に触れて、マイクは少しずつ変化していく。何度も死ぬような思いをして最終目的地に着いた時、マイクは心理的に成長していた。墓の前で涙でボロボロになってメルキアデスに謝罪し、許しを乞う。そして、他人の気持ちを思いやることが出来る人物に生まれ変わったのだ。まるで冷たくなったメルキアデスから温かい心をもらったかのように。この旅は、ピートにとっては親友との約束を果たすための旅、マイクにとっては贖罪の旅だった。ピートは一切の言い訳を許さず、心から懺悔させ、そして赦したのだ。
 感情を抑え、親友との約束を果たそうとする頑固一徹な老カウボーイ役は、まさにトミー・リー・ジョーンズのハマり役だ(出演する気はなかったが、資金繰りが思ったように進まず、自分が出ればギャラが浮くし演出も楽だという理由で主人公を演じたらしい)。そして、トミー・リー・ジョーンズ以上に印象に残るのがマイクを演じたバリー・ペッパー。 「プライベート・ライアン」のジャクソン2等兵役が記憶に残っている人も多いかもしれない。ひどい目に遭いながらも次第に浄化されていく過程の演技が抜群に上手い。特に、涙を流して許しを乞うた後そのまま野宿し、目覚めた時の憑き物が落ちたような表情は印象的だ。その他のキャスティングもセンス抜群で、2人の女優さんも非常に魅力的である。演出面では、とにかくセリフが削ぎ落とされていて、画面の動きや背景、俳優たちが演じる間で語っていく構成が見事。そして、もう1つ素晴らしいのがテキサスとメキシコの風景だ。寂寥とした荒野の夕暮れ、砂漠の白い稜線と青い空、原色のヒマワリ畑など風景の美しさも心に沁みる。
 生気のないアメリカと、親切で活気にあふれるメキシコとの対比。孤独を抱えながら暮らしているアメリカ人と、見知らぬピート達をまるで長年の友人のように歓迎するメキシコ人。どちらが本当に幸せなのだろうか?ということも考えさせられる。テキサス出身のトミー・リー・ジョーンズとメキシコ出身のギジェルモ・アリアガが組んだからこそ実現した作品だと言えるだろう。どんなに複雑で困難に見える物事でも、信じて進むべき道はシンプルなのだ。優しく、そして力強い希望を見出すことの出来る名作である。

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