映画:忘れられない一瞬がある

「緑の光線」
Le Rayon Vert


リアルな女心を丁寧に描いた名作





 エリック・ロメール監督の喜劇と格言劇シリーズ第5作。喜劇と格言劇シリーズは、その言葉通り1つの作品に1つの格言が添えられており、「緑の光線」にはアルチュール・ランボーの 『Ah,que le temps vienne...Où les cœurs s'éprennent 』―ああ、心という心の燃えるときよ という言葉が添えられている。  ロメール監督は、フランスのヌーヴェルヴァーグを代表する監督のひとりで、男女の心の機微を軽妙に描く手腕と、ドキュメンタリーを観ているような作風が特徴である。
 ロメール監督はフランス中部にあるコレーズ県テュールに生まれ、教師・映画評論家を経て1959年に製作した長編映画「獅子座」で注目を集めた。「海辺のポーリーヌ」「パリのランデブー」などの作品を次々と発表し、文学作品も多数手がけている。2001年に「グレースと公爵」、2007年には「アストレとセラドン 我が至上の愛」と、近年まで意欲的に作品を発表していたが、2010年1月11日、89歳で死去した。死因は公表されていないが入院中だったという。
 「緑の光線」のスタッフは、ロメールを含め僅か4人(女性3人)でオールロケ。台本なしで記録映画的に撮影されたというのは有名なエピソードである。実際、この作品はほとんどがアドリブで、主人公デルフィーヌ役のマリー・リヴィエールは、主演をつとめる傍らエリック・ロメールと共に脚本にも携わっている。デルフィーヌのセリフもマリー・リヴィエールの言葉をそのまま採用している箇所が多いという。
 だから映画を観ているというより、目の前で起こっている出来事を体感しているように感じるのだろう。本作は1986年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。
 30歳過ぎのデルフィーヌ(マリー・リヴィエール)は気難しく、情緒不安定気味なので周りに溶け込めない。人一倍理想が高く「恋は積極的に探すべき」という周りの助言にも耳を貸さず、真実の愛をひたすら待ち続けている。
 夏のヴァカンスにはギリシャ旅行に行くはずだったが、女友達のドタキャンによって計画が白紙になってしまう。「このままではヴァカンスも1人ぼっち!」と、ますます不安になる彼女を優しく慰める周囲の人達。そんな中、別の女友達がシェルブールの海辺に誘ってくれる。太陽は燦々と降り注ぎ、海は青々として申し分なく、友人の仲間は海辺ではしゃいでいる。なのに、デルフィーヌは周囲の楽しい雰囲気に馴染めず早々とパリに戻ってきてしまう。
 今度は一人でビアリッツの海岸に出かけるが、そこで「太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線を見た者は幸せを掴む」という、緑の光線にまつわる話を耳にする。
 パリに戻ったデルフィーヌだったが、孤独に耐えきれず公園を散歩したり山に登ったりして時間を潰す。しかし、寂しくてまたすぐ帰ってきてしまう。友人が与えてくれた3度目の機会で南仏の街で過ごすことになるが、そこでも人との関係が深くなりそうになると居場所のなさを感じて逃げ出してしまう。
 再び訪れた海でも孤独が癒されず、パリに戻ろうと向かった駅の待合室で本を読む青年に出会う。何気なくデルフィーヌの方から声をかけ、意気投合して散歩に出かけた海辺のベンチで2人は太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線を見ることが出来るのだった。
 日本人にはピンとこない感覚だが、フランスでは夏の休暇が1ヵ月ぐらいあって夏の休暇やクリスマス休暇の過ごし方は大問題らしい。8月のパリが賑やかになってきたのはこの10年程の間だそうで、パリ市が観光客やヴァカンスに出かけられない人達のために色々な催しを行うようになったのと、大型チェーン店の進出でお店がいつでもオープンしているのが理由だそうだ。だから、この作品が製作された当時の夏のパリは死んだように静かだったと推察できる。
 デルフィーヌもヴァカンスの時期にひとりでパリにいるのは嫌なのだが、友だちに誘われて訪れた先でもうまくやっていけない。そんな彼女の気持ちが理解できる箇所もちらほらあるのだが、突然泣き出したり「私、帰る!」と言い出したり…という彼女の行動にイライラするという意見も多いようだ。  デルフィーヌは寂しがり屋なのに人づきあいが苦手で、1人でいることが多い。彼女は人の輪の中に入ると浮いてしまうのである。自分でもそれが分かっているのに、皆と話をしているとついムキになってしまう。そして1人になると、自分が惨めに思えて泣いてしまう。しかし、デルフィーヌのように引っ込み思案で不器用な性格だったり、自分のこだわりが曲げられなくて周囲と衝突したり、場をしらけさせたりしてしまう経験に少なからず共感できる人も多いのではないだろうか?ただ、そういった感覚も理解出来るものの、デルフィーヌの場合はそれが過剰で、観ていても「これじゃ友人が出来なくても仕方ないよな」と思ってしまう。
 ところが、ラストで緑の光線が見えた瞬間、それまでのイライラとした気分がすべて消えて「良かったね!」と手放しで彼女を応援したい気分になるのだ。この作品は、最後まで観ないとその良さが分からない、そして観終わった後に温かい気持ちがじわじわ胸に広がっていく素晴らしい作品なのである。
 ロメール監督は人間の本質や矛盾、滑稽さや美しさを描くのが上手いと言われているが、当時66歳だった監督がここまで丹念に女性の心情を描き出しているという事も驚きだ。
 物語の中に出てくる緑の光線というのは、ジュール・ヴェルヌの小説のタイトルであり、作品中では、緑の光線を見ると相手の心が読める(幸せになれる)と言われている。

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